ゆりかごから墓場まで

 障害を持った方がすごされる施設、療育センターへ見学にいったときのことです。「センターで決められた帰省日は年に二回、お正月とお盆ですが、3分の1の方はおうちの事情で帰られませんね。でも帰省、面会は24時間大歓迎なんです」しばらく見学していると、素敵な建物がありました。「素敵な集会場ですね」「ええ、いろいろなことに使っています。そのひとつに入所者のお葬式があります。兄弟もその方がおられることを知らずに、家でお葬式を出せない場合があるのです。ここですれば、職員も入所者もみんなこれますしね。敷地内にはお墓もあるのです。ゆりかがから墓場までという言葉がありますが、ここではそれを地でいっていますね」

 私は急に涙がこみあげてきました。私たちの学校ではもうほとんどそういうことはなくなりましたが、とても古くに作られた、その療育センターでは、年をとられた障害者の方もたくさんおられ、ご両親がもうおられなかったり、年をとられてしまったりといった、家での事情もあるのでしょうか?けれど、私は、その方がいないことのようになっている現実があるということはとてもつらいことだと思います。家の方が悪いと言いたいのではけっしてないのです。社会が人を分けたがるということが、そういう悲しみを生むのだと思います。それから、もうひとつ、もっと障害を持った方が家で楽にくらせる体制が、社会にできていたら、また違うのではないかと思うのです。簡単に帰省もできるようになると思うのです。

 
 前に一緒に勉強した友達が、「小さい時、帰省日に家へ帰ったら、おかずのお皿を家の者が僕をのぞいた数しか、うっかりと用意しなかったんだ。うっかりなんだけど、僕は、もう家のものじゃないんだと思って、悲しくなってよく覚えているんだ」と言いました。たまたまうっかりだったのです。お父様もお母様も友達のことをいつもとても愛しておられるのです。でももうすっかり大人になった友達が忘れられない思い出だと言いました。

 違う友達のお父さんが言われました。「泣き泣きセンターに入れた我が子だったのに、気がつくと、いない生活が当たり前になっている。それがつらい。我が子にすまなくてならない」土曜日ごとに朝早く家を出られて、おむかえにこられているお父さんがそう言われました。センターに入所しておられる方やご家族の、せつない気持ちがしのばれました。

「わたしの気持ち」のページへ

メニューへ戻る

inserted by FC2 system