雪の日

今日はちょっと大変でした。大雪でした。短い間にたくさんたくさんの雪がふったのです。窓の外はただひらひらひらひらたえまなく降る雪が見えるだけで、窓のななめすぐ近くにあるはずの柿の木も、屋根の向こうにあるはずの森も、雪のカーテンにさえぎられて少しもみえません。
 こんな日に峠を越えて、市街地までいったい無事にたどりつけるのかしら・・・不安な気持ちでいっぱいだけど、でも出掛けなければならない大切な用事がありました。
 どこまでも真っ白な世界は、いつもの景色をまったく別のところのように変えます。ここはいったいどこかしら。どこで曲がったらいいのかしら。そんなことにも自信がなくなるくらいです。間違えて道から外れてしまって、車が雪にはまって動けなくまりでもしたら大変です。迷わなくても、雪道の運転はとても気を使います。どんなときでも車を止めるときは、ブレーキを極力踏まないようにしないといけないのです。ギアを落としてスピードを落としていかないと、すぐに車は蛇行をはじめ、もう自分の意志ではどうにもならなくなって、川に落ちてしまったり、他の車にぶつけてしまったりということになりかねないからです。(毎年、二回くらいはそういう目にあいます。今年はなんとか、そんなふうにならないといいなあ、いいえ、絶対に気をつけて、そんなことにならないようにするぞと決意しているのです)
 やっと目的地について、運転でずっと緊張していたから、まるで息をするのを忘れていたみたいに、ふうと大きな大きなため息をついて、駐車場に車を止めました。雪はまだふりつづいていました。建物の中で二時間の用事をすませ、外に出てびっくりしました。あれからたった二時間しかたっていないのに、またなんてたくさんの雪がふったのでしょう。私はしょっちゅうころぶのですけど、こんな日はもっところびやすいからととても気をつけていたのです。だけどね、ころばなかったのです。でも、ちょっと大変でした。道の幅がいったいどこまでかということがこの大雪で全然わからなくて、きっとここまでは道だから大丈夫と思ったところはもう溝で、すぽっとはまってしまったのです。溝はずいぶん深くて、腰あたりまで、雪の下に流れている冷たい水に埋まってしまいました。
 なさけなくて、泣きたくて、でもうっとがまんして、やっとはい上がって道まであがって駐車場にきたら、たくさんの車の上にはこんもりふわふわの雪の山ができていて、どの車が誰の車かなんて少しもわかりはしないのです。自慢じゃないけど、(自慢にならないけど、)いつもどこに止めたかわすれてしまって、間違えてしまう私です。それでも、いつもは車の色でこれかな?あれかな?なんて見当をつけることはできるのです。でもこんなにたくさんの雪だらけの山の下のどの車が私の車かなんて、わかりっこないのです。(なんていばってる場合じゃないのです)コートやスカート、ブーツはもちろん、下にはいているものまですっかり水浸しで、体はがたがた震えがとまりません。右側だったか左側だったか、真ん中の列だったか思い出しそうなものなのに、いそいでいたこともあって、少しも思い出せないのです。今度こそ、本当になさけなくてなけてきました。
 でも泣いていてもしかたがないので、何十台も止まっている車の雪を少しだけよけて、一台、一台車の色を確かめることにしました。指でさっと車の雪をほるとその車は赤でした。がっかり、つぎの車は黒でした。その次の車は?あっ、白。私の車も白なのです。もう少し雪をはらってみたら、黒い線が出てきました。私の車はこんな黒い線は入ってないのです。隣の車、隣の車、そうして二〇台ちかくの車を調べていたころでしょうか。
「何してるの?」と男の人に声をかけられました。「車、どこに止めたかわすれちゃったんです」「えーーー。全然覚えてないの?」うなずくとその男の方はあきれた顔をなさらずにすぐに「で、どんな車?」って聞いてくださいました。「白のランサーです」「それで、車のナンバーはいくつ?」やだ、私、車のナンバー、いつも覚えようと思うのに、どうしても覚えられないのです。数学好きだったんだけどな、関係ないのか、数字は覚えられないみたいで、電話番号なんかもすぐに忘れちゃう・・
ううんって首をふると「えーーー。知らないの?忘れちゃったの?本当にここに止めたの?」って今度は少し呆れてたみたいだったな。だけど、ご自分の車から雪をよけるT字型のもの持ってきて、つぎつぎと雪をはらって下さったんです。それでまた近くに来て「なにか特徴は?」って聞いてくださったときに「震えてるじゃない、僕の車にのってればいいよ」って言ってくださったけど、「私、川に落ちてしまってずぶぬれだから、車のシート濡れてしまうし、それに探していただいていて、私車に座っていられない。ばちがあっっちゃう」って言ったら、その人すごく大きな声で笑って、また「えーーーー、川、ばっかじゃないの?」って言いました。「ばっかじゃないの」って言われて、少し傷つきそうになったけど、自分でも「ばっかじゃないの私」って思ってたので、しょうがないなと思いました。
 それでね、探してくださったのはその方だけではなかったんです。ふたりで探していたら、次にこられた人も「どうしたんですか」って聞いてくださって、それからまた次の人も「どうしたんですか」って聞いてくださって。「川までおちたんだったら災難でしたね」って何人も何人もで探してくださったのです。私、本当に恥ずかしくて、人騒がせで、なさけないって思ったけど、みんな「気にしなくていいよ」「お互い様」って言って下さってどうもありがとう。雪がまだいっぱい降ってて、とても寒かったのに、てぶくろしてない人もいたのに、本当にごめんなさい。一人の人が「あ、これランサーのライトだよ」ってついに私の車を掘りあててくださってのです。それでね、「ちゃんと無事にうちに帰れよーー」って。「どうしてお礼をしたらいいかわからない」って思って、「あのどうしてお礼をしたらいいでしょう」って言っても、みんな笑ってお互い様お互い様って言ってくれました。私いつも助けていただくばかりでちっともお互いさまじゃないんだけど、でも、きっとお互い様になれるように、できることはなんでもしようって思います。
 それで、みんなの車はまだ雪だらけなのに、私の車の雪をみんなではらって、道に出るまでみててあげるって、私の車を手を降って見送って下さったのでした。みんなみんな大好き。みんなみんなありがとう。本当にごめんなさい。私、迷惑かけないように、ちゃんとする(できるだけ・・・だっていつもちゃんとしたいって思ってはいるのです。でも自信があんまりない)でもちゃんとする。

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