みかちゃんの話


みかちゃんが亡くなりました。
亡くなったその日も、みかちゃんは変わらず登校していたので、知らせを受けても、すぐには、亡くなったという事実をうけとめることができませんでした。
思えば、愛をいつもいっぱいいっぱい感じていたいという思いであふれていて、それから心の中が、何かの原因で、(もしかしたら、原因さえもみかちゃん自身はっきりしないのかもしれませんが・・)不安になり、自分の頬を何度も繰り返し強く殴ったり、大きな机をひっくりかえしたり、時にはそばにいる人の髪を引っ張ってしまってでも、どうにかしてその不安から抜け出ようと、いつも戦っていたみかちゃんでした。
みかちゃんのその行動は、自分の不安を打ち消すためのみかちゃんの持つ大きな力であると共に不安との戦いだったと思います。そして又、それは、私達まわりにいるものに対しての「助けて」という叫びだったようにも私は思えるのです。
みかちゃんの行動はどうしても、誤解を生みやすかったと思います。「もっともっと愛して、私を不安から救い出して。」という気持ちから起こる行動なのに、私達は、すぐに《どうしたら、みかちゃんの不安を打ち消すことができるか。》ということを考えずに、《どうしたら、みかちゃんは髪を引っ張らなくなるだろう。机をひっくりかえさなくなるだろう。》と考えてしまうのです。それで、「みかちゃん、だめでしょ。」ときつく言ったり、時には、髪を引っ張られないようにと、みかちゃんから逃げてしまったりということになってしまったのではないかと思います。いつも愛をいっぱい感じていたい、みかちゃんにとって、それはどんなにつらいことだったでしょうか。かえって不安を大きくしていたに違いありません。みかちゃんが、あんなに一生懸命生きて、戦って、助けを求めていたのに・・
みかちゃんは昨年の冬、体調が長い間すぐれませんでした。高い熱が続き、みかちゃんの心の不安がとても大きくなっていました。みかちゃんは不安をなんとかしたくて、顔をたたくので、顔が紫色に腫れ、皮膚がやぶれて、大きな血の固まりで顔半分がおおわれました。目もふさがりそうに腫れていました。このままでは失明してしまうのではないかと思ったくらいでした。直接みかちゃんを担当していなかった私は、みかちゃんが大好きだったからなおさらみかちゃんのつらそうな様子に出会うと涙が出てしまって、同僚から、「そんなに泣いてしまうのなら、そばに行かないほうがいいよ。」と言われてしまうほどでした。
高い熱があまり続いたので、みかちゃんはお母さんの付き添いで病院に入院しました。みかちゃんの不安との戦いがあまりに大きかったので、入院した部屋は、外から鍵がかけられ、窓もとても小さい部屋でした。トイレも中にあって、一日中その部屋から出ることができない状態でした。
入院と聞いてお見舞いに出かけ、職員の方に鍵を開けていただいて、中に入ると、又すぐに外から鍵がかけられました。テレビも何もないその中で、お母さんは、髪をタオルでしっかりとおおい、みかちゃんをおふとんの中でしっかりと抱き締めておいでたのです。お母さんは「こんな姿でごめんなさい。みかが髪をひっぱりたがるので・・」とおっしゃいました。私は、みかちゃんが私たちに求めていたのはこういうことだったのだと思いました。みかちゃんを叱るのではなく、みかちゃんから逃げるのでもなく、みかちゃんとしっかり向き合い、髪にタオルをまいて、みかちゃんをしっかりと抱き締めて「大丈夫だから、お母さんがそばにいるからね。」ときっとお母さんは言い続けておいでたのだと思います。私はお母さんがしておいでることに感動しました。そして(私にお母さんのようなことができるだろうか。)と考えていました。閉じられた中でテレビもない空間で、時間がこんなにもゆっくりすぎる空間で、朝を迎え、夜を迎え、また朝を迎え・・お母さんはもう十日もこうしておいでたのです。でもお母さんはおっしゃいました。「いつも淋しい思いをさせているけれど、病院に入っている間は、みかのことだけを考えて、相手ができるし、こんなにたくさん抱き締めてもやれるから、何も大変なことはないですよ。これは神様が私に与えて下さった時間だと思います。」そして、お母さんはみかちゃんのつらい思いを考えては涙されておいでました。私はみかちゃんのお母さんは、みかちゃんの体を抱き締めながら、本当はみかちゃんの心をしっかりと抱き締めておいでたのだと思いました。
お通夜の席で、「いつもいつも心にかけて下さって、みかを可愛がってくださってありがとうございました。」とみかちゃんのお母さんはおっしゃいました。私は、悔やまれて悔やまれてなりません。みかちゃんは、あんなに手をのばして、私を呼んでくれたのに、私はみかちゃんの苦しみを知りながら、何も、何もできませんでした。
みかちゃんは高校二年生で亡くなるというあまりに短い一生だったけれど、みかちゃんの教えてくれたことは何て大きかったのだろうと思います。人間のもつ力はなんと素晴らしいのでしょう。自分の心の不安をなんとか自分でたてなおそうとするのです。そして、それをまわりにいる人たちが理解してさえいれば、きっといつかその不安に打ち勝ってたちあがることができるのです。みかちゃんは、そんな時、天使を思わせるような可愛い優しい顔で、にっこり笑ってくれました。
人間と人間は、お母さんがなさったように、きちんと向き合って、そして、お互いを大事に思いながら、誠実な気持ちでお互いがいるべきなのです。
なんだか変なことを言うようですが、もし、もし、受け持ちの子供が明日、亡くなってしまうことがあっても、自分はいつもできるかぎりその子供と誠実に向き合っていたと思えるようにしたいと強く思いました。
みかちゃんのお父さん、お母さんは、みかちゃんの手足がだんだん紫色になって、お医者さまがもう心臓マッサージをしても無駄だからとおっしゃっても、「生きて、生きて」とマッサージを続けられたそうです。どんなにみかちゃんを可愛く大事に思っておいでたかということを、いまさらながらに感じました。
緑のきれいな、みかちゃんの亡くなった五月を、これからむかえる度に、私はかならずみかちゃんのことを思うに違いないと思います。
「スキスキして・・」「大事、大事して・・・」というみかちゃんの言葉の大切さを忘れないと思います。

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