浩介くんの家

 浩介くんは地域の学校へ通っています。障害を持っていても地域の中で生きていって欲しいというのがおうちの方の強い希望だったのです。
 「このごろ浩介くん、教室からすぐ出て行くんで困ってるんだ。去年なんてわりといてくれたんだけどね。みんなで『だめー』って言うとはじめは帰ってくるんだけど、もうがまんできなくなって最後には、誰がとめても手を振りきって飛び出して行くんだよ」と担任の先生から電話をいただきました。
 きっと浩介くんが勉強したいと思っていることと、学級でみんなが学んでいることとの間に違いがあって、浩介君はみんなと一緒にいたいけど、長い時間は嫌だな、って思ってるのかもしれないなあと思いました。でも、浩介君が教室から外へ出ることは先生は少し困るのだとおっしゃいました。浩介君が好きな理科の道具が割れるということや着たまま寒い中プールへ入ってしまうことはやはり困るので、(ああ、出ていったなあ)じゃあすまないからだそうです。飛び出していくといつも追いかけて、クラスの子供たちをそのままにしてしまうこともたびたびだということでした。
 これまでも浩介君はいつも立ち止まることがほとんどないくらい教室の中であちこちへ動いていたので、おうちではお母さんはご飯の用意もむつかしいのではないかなあと思ったことがありました。でもそうではありませんでした。お母さんともお友達なのですけど、前に浩介君のおうちへ遊びに行ったとき、浩介君はおもちゃが入ってる段ボールの箱や、机や家具をあつめて空間をつくり、帰るとそこへ自分から入って、穏やかな顔で、そこにいました。その空間が大好きみたいで、たまに出てくるけれど、ご飯を食べたりトイレに行った後また自分からそこへ入っていくのだとお母さんが教えて下さいました。私はそんな浩介君を見たとき、小さいときに、学校の中に置いてあった大きな太鼓の台の下にもぐっているのが好きだったことを思い出しました。太鼓の下の囲いの中からみた学校はとてもやさしくて、自分から少し遠いところのようでした。私はその囲いに何か悲しいことがあると入っていたかったのです。
 それで私ちょっと思いました。浩介君が自分の力で、いたくないときに出ていけたり、いたいときにいられるということはとても大事なことだとは思うけど、もしそれがかなわないなら教室に浩介君が安心していられる空間があったらいいのじゃないかなあと思ったのです。
 その次の日先生から電話をいただきました。先生は「工作はにがてなんだけど」と言いながら、大きな段ボールでおうちを作られたのだそうです。「浩介がさ、僕の作った段ボールの家をみつけて自分から入ってきてさ、それから一日中そこにいてくれたんだ。教室の勉強の様子なんか、聞いたり感じたりしてくれてると思うんだ。」と嬉しそうな声でした。しばらくたって「浩介がちょっと薄汚れた毛布を自分で家からもってきて、それを浩介の家(段ボールのおうちをクラスのみんなはそう呼んでいるようです)にもって入ったの。あれ、家で大事にしている毛布のひとつなんだってさ。浩介が学校で使おうと思って、毛布を持ってこようとしたなんてすごい驚きで、僕とてもうれしかったんだ。あいかわらずそこにいて、うれしそうなんだ。クラスの子が入ってもひとりずつだと入れてくれてね、友達だと思ってるんだなってうれしかったよ」とその日も先生はとてもとてもうれしそうなのです。
 でもある日、ちょっと怒っているような悲しんでいるような、沈んだ声で電話があったのです。「浩介の家、取り壊すことになったんだ。今日、視察があってね、浩介の家を見た偉いさんがさ、『こんな犬小屋に子供を入れてけしからん。人権無視だ』なんて言うんだ。校長もさ、すぐにどかせって言うしさ。わかっちゃねえよな。クラスの子供たちにどう言ったらいいんだ。僕の作った段ボールの箱の家じゃ、きれいじゃないっていってさ。みんなで学校に残って色を塗ってくれて、浩介君教室にいてくれてうれしいねなんてみんな喜んでくれてたのにさ。校長だって、あの偉いさんだって、浩介が教室から出たときにつきあってくれるわけじゃないのにさ、本当にわかっちゃないよな」
私もね、「本当にわかっちゃいないよね」って思いました。クラスの子供たちの思い、先生の一所懸命な思い、浩介君が今教室が大好きになれかけているということ・・教室は、学校は楽しいところじゃないといけないのに、ちっともわかっちゃいないわって思いました。そのあとお母さんから電話がありました。お母さんもとても悲しそうでした。「浩介が好きなところにいて、浩介がおちつく姿を見て、それを<犬小屋に入れられている>と言った人を私は許せなかったから、私はその人に電話をしました。その人は『お子さんは小学校には向いてないように思いますね。手足が不自由なお子さんは、まだ普通小学校で学びやすいんですよ。勝手にあちこち行かない分、先生にも他も子供たちにも迷惑がかからないですしね。おこさんにとっても、他のクラスの友達にとってもお子さんが養護学校へいかれることは望ましいんじゃないんですか?それにしてもあの先生にもびっくりしましたね。お子さんはあんなところに入れられてしまって気の毒しました。教師は子供を大切にするというのが当たり前のことだのにわかってない若い先生が多くて困ります』って言うのです。どう思われますか?校長先生にあの家は大事なのだと話したら、あの段ボールは見栄えが悪いので、掲示板とか移動黒板で囲ったらどうでしょう?なんて言うのですよ。でもクラスの友達や先生はきっと分かってくれると思うので、あの浩介の家はそのままにしておいてもらおうと思います」
お母さんのお電話を聞いて、やっぱり、校長先生と視察にこられたお二人の言われたことはわかっちゃいないみたいと思いました。
浩介君は掲示板とか移動黒板で囲ったところはきっと好きじゃないと思います。浩介君はみんなと離れていたいのじゃないのです。心が落ち着く浩介君の家にいながら、みんなと一緒の空間にいたいのだと思います。だからもし浩介君の家と、掲示板や黒板で囲まれた空間があったら、浩介君はみんなの作った段ボールの家を選ぶと思います。それから私、手足が不自由なお子さんならいいっておっしゃったことも違うって思いました。行きたいところへいけず、いたくない場所にいなくてはならない、それを強制させられることこそ人権侵害だと私は思います。手足が不自由なお子さんがもし教室にいたとしても、そういう思いがあったとしたら、それはもうそのお子さんにとって、とてもつらいことだと思うのです。毎日通う学校はつらいところではなくて楽しいところであってほしいです。そして親御さんや子供たちがもし地域の学校で学びたい、学ばせたいと思われたら、地域の学校で子供たちが楽しく通えるようになってたらいいなあと思います。もし浩介君のところにもう一人先生がいてくださったら、浩介君の先生は、浩介君とゆっくりいれたり、またクラスの子供たちとも気にせずすごせると思うのです。それから浩介君がおちついた環境で教室にいられるみんなで作った浩介君の家は、みんなの気持ちがたくさん集まったものなのです。だからね、犬小屋にもし見えたとしても、大事な大事な浩介君の家で、それを黒板なんかでおきかえるのは、私それこそ、子供たちのことちっとも大事にしてないって思います。

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