こすもす

 学校の花壇は、クラス毎に割り当てが決まっていました。限られた花壇に何を植えようかとみんなで相談して考えます。花壇といっても、畑が別にあるわけではないので、私たちのクラスは、すいかととうもろこしがいいという意見が出ていて、それに決まりそうだったのです。でもたけちゃんはさっきから、ずっとふくれっつらをしていました。「僕、植えたいものがある」「なあに?」と聞いてもなかなか答えをいいません。「僕が言っても絶対に反対しないでほしいんだ」まりちゃんは「そんなのだめに決まってるじゃない・・みんなの花壇なんだし・・・・」「でも、僕・・」たけちゃんは下を向いて小さな声で言いました。たけちゃんの植えたいもの・・それはコスモスでした。「どうしてコスモスなの?食べれないよ」すいかが食べたい男の子は猛反対です。でもまりちゃんは「もうちょっと考えてから決めよう・・この話は今度ね」まりちゃんがそう言うと、みんなは反対しませんでした。まりちゃんはいつも信頼されていて、それでまりちゃんが言うことはみんな間違いがないって思っているようでした。それでその日の相談は終わりになりました。その日、まりちゃんは病院に帰ってから、たけちゃんと何か話をしたようでした。まりちゃんが私に、「あいつ、何か悩んでいる気がする。きいてやらなきゃ」と言っていたのです。まりちゃんは脳腫瘍で手術を受け、その予後があまりうまくいかなくて、病院に入っていました。ひとりひとりの心のさびしさや悲しさに人一倍敏感なように感じました。
 次の日の朝の会で、まりちゃんはみんなの前で、「花壇はコスモスにしよう。たけちゃんさ、もう種持ってるんだって」とても不思議なんだけど、まりちゃんのいうことだったら、みんなはなぜか反対しないのでした。それは(まりちゃんの言っていることだったら何か理由があるからその方がいい。その理由は絶対に自分勝手な理由ではないはず)・・そんなに簡単にコスモスになってしまって、不思議だなあと私は思いました。「みんなもいいの?」と聞いても「いいよ。すいかさあ、どうせお昼によく出るし」なんて言うのです。コスモスは私も大好きな花なので、とてもうれしかったけど、やっぱり不思議だなあと思っていました。コスモスの種の袋には「宿根コスモス」と書いてありました。3年生のわたるくんが、「やどねってなんだい?」と聞きました。「やどねじゃないよ、ずっと根っこが残ってて、また来年もその次の年も咲くってことだよ」まりちゃんがにっこり笑って言いました。種をまいてからしばらくして、たけちゃんの病状がよくなくて、病室から学校へ出てこれない日が増えてきました。たけちゃんは小児の白血病でした。一時期病気がうそのように元気だったのに、急に悪くなりました。病室に行くと、たけちゃんはいつもこすもすのことを私に聞きました。「枯れてない?大きくなってる?」「こすもすはね、秋に咲くというけど、でも夏にももう咲くんだよ」たけちゃんは病気のことは知らないのだとおうちの方が話しておられましたが、たけちゃんがコスモスの花が咲くのを心待ちにしているのを見るたびに、たけちゃんがもういなくなってしまうのではないか・・とけっして口にすることは許されないことをふと考えてしまって、怖くなるのでした。その日、たけちゃんの病室へ行くと、たけちゃんは眠っているところでした。またあとで、こようと思って、出ていこうとしたとき、たけちゃんは私がそこにいると知っていたよというふうに、言いました「先生、夢を見てたよ。気がついたら、僕ねコスモスの花の真ん中に座っていたんだ。ピンクの花びらがおわんのようにまるくなって、僕を囲んでいてくれて、すごく気持ちよかった・・そして、気がついたら、その花びらひとつひとつはまりちゃんだったり、かあさんだったり、とうさんだったり、先生だったりしたよ。僕ね、真ん中にいたよ。みんなが僕のこと見ててね。風に花が揺れるととても気持ちよかったよ。先生、どうしてコスモスが好きなの?コスモスね、僕も大好きになって来ちゃった」たけちゃんのお部屋で、泣くまいと思っていても、私は涙があふれてとまりませんでした。みんながたけちゃんの心をつつんでいて、たけちゃんはきっとその中で、ゆっくりとどこかもう一つの世界へ行こうとしているのかと思ったりもしました。
 夏休みも終わりの頃、コスモスは咲き出しました。そしてとうとうたけちゃんも帰らぬ人となりました。病院から、たけちゃんがおうちに帰っていった日に、私たちみんなでたけちゃんを見送りました。車は遠回りをして、学校の花壇の前を通ってくれました。たくさんのコスモスたちが、風にやさしく揺れています。まりちゃんが、子供たちに、「来年も、この花壇はコスモスだよ。その次もコスモスにしよう・・たけちゃんは僕のこと忘れずにいてって言ってるんだよ」と言いました。
 わたるくんが、たけちゃんを見送った後、どのコスモスの花がたけちゃん?と聞きました。どうしてそんなふうに思ったのだろうとまた不思議だったけど、みんな誰だってコスモスなんだという気がしていました。たくさんの人にまあるく包まれて、愛されて、咲いているんだと思いました。

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