フランス料理やさん

3年前、錦城養護学校にいたときのお話です。

 作業で作った製品の売り上げの一部で一年に一度、打ち上げ会をします。今年はボーリングの後、片山津のラウィーブというフランス料理やさんへ出かけました。一年の作業の売り上げと言っても、それほど多い額ではありません。まして、その一部となると本当にわずかな額ですが、それでも、その額でなんとか子どもたちにコースのお料理を用意していただけないかというあつかましいお願いを、前もっておそるおそるしてあったのです。店長さんはすぐに、「いいですよ。お待ちしています」とお返事をしてくださいました。私たちはそれから、「もう一週間でフランス料理だね」「いよいよあと三日だね」とそれはそれは今日の日が来るのを心待ちにしていました。
 お店の前には、とてもおしゃれな雪だるまが私たちを出迎えてくれました。目はワインのコルクの栓でできていました。頭には、エーゲ海のお日さまを思わせるような(フランスはエーゲ海に近いのかどうか、地理が驚異的ににがてな私にはわかりませんが)大きなメダルのようなものが取り付けてありました。もうそれだけで、まりちゃんや私はうれしくてなりません。ドアには、「ランチタイムは貸切になっています」という札がかけられてありました。
 どきどきしてドアをあけるとそこには、とてもやさしそうな男の方が二人と、女の方が一人、私たちを待っていて下さいました。「貸切にしましたので、遠慮なさらずにごゆっくりどうぞ」という声に、十五人という大人数で押し掛けて申し訳ないような、それでいて、こんなふうに私たちがゆっくりできるようにと考えてくださったことがとてもうれしかったです。
 テーブルはもうすてきなセッティングがされていました。そして、驚いたことに一人ひとりのところに、お店の方からのとてもおしゃれなお手紙がおかれてあったのです。
 「錦城養護学校のみなさん。今日は来てくださってありがとうございます。私たちはこの日がくるのを楽しみにまだかまだかと待っていました。一所懸命用意をして待っていました。フランス料理といっても、かたくるしくしないで、楽しく食べてください。みんなで楽しく食べるととてもおいしいですものね。楽しく食べてくれると、おにいさんもおねえさんもとてもうれしいです。みんなもいつか働いてお金がもらえるようになったら、おお友達や家族の方をつれて来てください。それまで、私たちはがんばってもっとおいしいお料理を作れるように勉強します」
それから、今日のメニューが英語で書かれてあって、その次に、それらひとつひとつが絵で描かれてありました。コースのお料理は私たちが考えていた額ではとうてい食べられそうにないような気がして、金額を伝え間違えていたんだったらどうしようと心配になるくらいのものでした。
 横の席にいたみきちゃんやまりちゃんに「私、お手紙読むね」と言いながらそのお手紙を読みだしたのですが、途中で胸がつまって困りました。電話で予約させていただいた私たちのために、こんなに丁寧で、心のこもったお手紙を一人ひとりの席に用意してくださったこと、おそらくはドアの前の雪だるまもそのひとつだったのだとわかりました。お手紙の中の「まだかまだかと待っていました」ということは、手紙だけでなくて、本当にそうなのだわと思いました。
 それから、私たちがフランス料理だからとかたくなって楽しく食べられないといけないと配慮してくださったこともうれしかったです。だってもし、(「あつ、あんな食べ方してる」って思われたらどうしよう)って考えたら、緊張して本当においしく楽しく食べられないものね。
 それから、前に電話で店長さんに、「働いて給料をもらうということの意味を知りたいということもあって、毎年、楽しい会を持っているのです」とお話したことも大事に思ってくださったのだと思います。それで「お金をもらえるようになったら……」ということを書いてくださったのかもしれないなあと思うのです。子どもたちは私たちが「働くということはね」なんて話すより、ずっと自然にそのことを感じとったようでした。松崎くんは「これはお母さんが好きそうだし、これはお父さんがうまいって言うだろうな。いつか、二人をつれてきてあげよう」と言っていました。こんなうれしいことばを松崎くんが言ってくれたのも、お店の方が、私たちはいつも押しつけて話してしまうけれどそうではなく、やさしく教えてくださったおかげだなあと感じました。それから、私たち(子どもたち)は普段よく「がんばってね」って言っていただくのですけど、いつもがんばっている子どもたちにはそのことばが少し「重いな」って感じられることがあるのです。今日のようにお店の方が「私たち、もっとがんばって勉強します」と言っていただいたことは初めてのことでした。がんばってねという言葉はおそらくたいていの時、自分より、目下の人に(つらいこともあるだろうけど)がんばってねと言うことが多いのじゃないかなって思うのです。でも、きっとお店の方々が私たちを自分と同じ場所いると考えてくださったから言ってくださったんだ、だからこんなに温かく感じられるんだと思いました。
 そのことはお料理が出していただいたあともずっと感じたことでした。お料理の説明をして下さる時にも、「これは、さけというお魚をすりつぶして、生クリームを加え、ムース状にしたものです」「パンはバターだけでなく、お料理のソースをつけて召し上がっていただいてもいいですよ」というふうに、私たちだけではなく、子どもたちに対しても(子どもだからとか、養護学校の子だからなんて少しも思わずに)一人の人間として、大人に対する時と同じように大切に誠実に向き合って言ってくださってることをしみじみと感じたのです。それはきっと今日だけではなく、いつもそういう姿勢でいらっしゃるのだなあと思いました。
 先日、他の所へ校外学習へ出かけたときのことでした。とても親切な方でしたが、子どもたちと私たちが話をしているのを聞かれて、「養護学校の子か、見ただけやったら、なあーーんわからん。どこがおかしいのか、わからんわ。そこの男の子なんか、りっぱやがいね。普通に見えるわ。ね、僕?」と私たちに話かけてくださったたのです。私たちはそんな時、とっさにどう返事をしていいのかわからなくなります。子どもたちは黙って下をむいたり、逃げるようにして、他の部屋に行こうとしているのがわかりました。(僕たちは普通じゃないのか。養護学校に行く子はおかしい子なのか)と自分たちが分けられた言い方をされたのを感じたのでしょう。悲しい顔をしていました。短い関わりの時間にどれほどのことを言ったらいいのか、まして、子どもたちが聞いている中、どう話したらよいのかわからず、やっとのことで、「みんな明るくて元気な子たちです。いつもいろいろなことを一所懸命勉強しています」とそんな返事でいいのか悪いのか、答えました。でも、子どもたちは私の答えを聞いてほっとした顔をしてくれました。
 ラウィーブの方は子どもたちに積極的に質問したり話かけることはなさらなかったけど、今日はそのことがまた、私たちを大切に考えてくださっているように感じられたのでした。
 帰りにはきれいに包装したチューリップの花を一輪ずつ下さって、「またお越しください」とドアの外まで送ってくださいました。子どもたちが地域で生きていくときに、今日のような温かい関係が子どもたちをどんなに温かくほっとした気持ちにさせてくれるかということを、きっとお店に方のご好意で、オードブルから、スープ、お魚のお料理、お肉のお料理、サラダ、お口直しのデザード、手作りのケーキ、コーヒまで、経費いじょうのお料理をいただきながらしみじみと思いました。

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