だからこそ可愛いんや

昨日の夜、学校の次郎くんのお母さんから、泣きながら電話がありました。「お兄ちゃんが事故にあったという電話が病院からかかってきたのです」とおっしゃるのです。「次郎くんのお兄ちゃんのお怪我はひどいのですか?」てっきりそうだと思っておそるおそるおたずねすると、お母さんはそうではないとおっしゃるのです。救急車で運ばれたけど、打撲だけで、頭も打った様子がなく、元気だとおっしゃるのです。「ああよかった。よかったですね。それなのにどうしてお母さん泣いていらっしゃるのですか?」お母さんが電話の向こうまた悲しそうに泣かれました。お話を伺うと、お母さんは、「一瞬だけなのだけど、本当に一瞬だけど、お兄ちゃんじゃなくて、事故にあったのが次郎だったらよかったのに・・代われるものなら代わってくれたらいいのにと私思ってしまったんや。本当になんという親やろう。私ひどい親や。次郎に対して本当にすまないことや」
 お母さんは誰よりも次郎君を愛しておられて、大切に大切に育ててこられたのです。障害を持っている次郎君とたえず一緒にいることは大変な苦労もあると思うのに、そんなことは少しもないといつも明るくおっしゃっておられるのです。もし、次郎君の代わりに自分の命を投げさせなんていうことが、もしあったとしても、お母さんはためらわずに自分の命を投げ出すに違いないと思うのです。100人が100人認めるくらい次郎君はお母さんに愛されているのです。そんなお母さんが、お兄ちゃんの事故の知らせを電話で受けたときに、どんな思いがめぐったのでしょうか? 「お兄ちゃんも大事だけど、次郎君もとても大事だからこそ、これからのことが心配でそんなふうに思ってしまったのかもしれないよね、お母さん」どんなふうに私が言っても、お母さんは悲しそうに、ご自分を責め続けておられました。代わればいいと思ったのは一瞬のことなのに、ずっとお母さんはこのことを忘れずに、これからずっとご自分を責め続けられるのではないかしらと心配になりました。そのときに思い出したことがありました。それは一郎くんのおばあちゃんが話してくれたことです。一郎君は仮死で生まれました。お医者様に赤ん坊はほとんど助からないと思って欲しいと言われたそうです。もし万が一助かったとしても、重い障害が残ってしまうと言われたそうです。そのときおばあちゃんは「私は今生まれたばかりの赤ん坊より、自分の息子が可愛かったんや。赤ん坊が助かったとしても、重い障害を背負うことになるなら、息子の人生はとても暗くつらいものになるんじゃないかと心配でたまらなかった。そんなくらいなら、ここで、赤ん坊が死んでくれたほうがいいとそのとき、私は思ってしまったんや。先生、親ってね、勝手やね。子供のことが一番可愛い・・そんなものだわ。」おばあちゃんは目に涙をためて、一郎君の頭をなぜながら話して下さいました。「こんな可愛い子をそんなふうに思うなんて恐ろしいことやね。そやけどね、私は、そのときにそんなふうに考えたことをずっと覚えているから、この子がなおいとおしいと思うんやわ。確かに死んでくれたほうがいいというのはとてもひどいことだけど、そんなふうに思ったからこそ、私は一郎ごめんね、一郎ごめんねと、こんだけ一郎を可愛がるんやわ」
 次郎くんのお母さんは次郎君を今までだって、本当に愛しておられるのだけど、今ご自分をせめておられることで、これからもおばあちゃんのようにもっともっと愛し続けるんだと思いました。一郎君のおばあちゃんのお話をすると、お母さんは初めて泣きやんで、小さな声で「そうやね」とおっしゃいました。

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