宇宙の秘密

27 アバブレボア

おこることはいっぱいある。
悲しいことはいっぱいあります。
きれいな雪がたくさんふって
いっぱいをみえなくしてくれたら いいな (原田大助)


 みんなと外へ出かけることになったときのことです。あらかじめ予約の電話をかけておこうと思いレストランへ電話をしました。
 お店の方は、とてもていねいなお話の仕方で、「大変申し訳ないのですが、養護学校のお客さまはお断りしているんです。他のお客様のご迷惑になりますので」と言いました。
 学校の子どもたちは、たしかにとてもゆっくり時間がかかってしまうこともあるし、うれしくて大声を出してしまったり、お皿をひっくりかえしてしまうこともあります。でも、そうやって街へ出ていくことで、子どもたちはたとえば、いろいろなルールを知ることができるし、町の人もみんなも、いろいろなことがあってこそ、お互いがわかりあえるのに・・と思いました。すごく残念で、とても悲しくなりました。
 その電話の後に、大ちゃんとの授業がありました。
私は悲しい気持ちを知られたくなくて、深呼吸して、にっこり笑顔をつくって教室へ入っていきました。
でも大ちゃんは私の顔をじっと見てこう言いました。

 おこることはいっぱいある。
 悲しいことはいっぱいあります。
 きれいな雪がたくさんふって
 いっぱいをみえなくしてくれたら いいな

 その言葉を聞いたとき、胸がつまって、私は、ただ大ちゃんの目を見つめるだけでした。
「だってしょうがないやん」
 たぶん大ちゃんはそう言いたいのじゃないかとふと感じました。そして、そのしょうがないという言葉にはとても深い意味と大ちゃんの優しさがあるのだと思います。
 バリ島の言葉で、「アバブレボア」という言葉があります。バリの人はよくため息をつきながら、「アバブレボア」という言葉を使います。
 たとえば、バリはお米が主食で、階段状のトゥビと呼ばれる田んぼでお米をたくさん作っています。日照りが続くと、お米作りに大切なお水が足りなくなります。そんなときに、夜こっそりと、小川の流れを変えて、自分の田んぼに水を引き入れようとしている人があらわれるということがよくあるのだそうです。バリの友人のダルマユダくんは「でも、誰も怒ったりはしないよ。お米にお水がないと田んぼの稲は枯れてしまう。その人にとったら、とてもとてもお水が大切だったんだ。そのとき、どうしても必要だった。だからしょうがなかった。アバブレボア。お米がとれなかったら、その年は食べていけなくなる。それでなくても、バリでは誰も農業をしたがらない。大切なお米なんだけど、収入がとても低い。お水を盗るということはそれだけとてもつらかったんだということをみんながわかっているから怒らない。アバブレボアだ。しょうがないよ」
 大ちゃんは、分けられる痛みというものを絶えず感じていながら、でも、お店の人にはお店の人の都合があるんだろう、心の痛みがあるんだろう…たとえば、もし、誰でもが食事がとれるレストランであるべきだという気持ちがあったとしても、お客さんに静かに食事をしてもらうことを大切にしなくちゃいけない事情があったり、ほかのお客さんは、お店でゆっくり疲れをとりたいと思っていたり、そういうことがあるのだろうと、考えたのかもしれません。
 ”分けられる”ということを”しょうのないこと”だと言っているのでは決して決してないのです。そうじゃないのです。
 ただ、私は大ちゃんやバリの人たちが、ため息をつきながらも、相手の心の痛みと自分の心の痛みを全部ひっくるめて、受け止めているその生き方に、とても心が揺れたのです。そして、もっと言えば、人はそれぞれみんな与えられたものがあり、みんなが精一杯生きている、みんなでひとつだから、誰かの怪我は自分の怪我のようだといういうふうに感じているのじゃないかと、そう思ったのでした。
 生きていると、心が悲鳴をあげそうなくらいに、つらいことや悲しいことがいっぱいある、どうしてこんなことが起きるのだろうというようなこともいっぱいある…その悲しみや苦しみを大ちゃんは相手の人の悲しみや苦しみも全部ひっくるめて、きれいな雪がたくさんふっていっぱいをみえなくしてくれたら いいなと言ったんじゃないかなあと思ったのでした。



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