7.チャイやさん

  私たちが出かけた7月25日から8月1日は雨期のまっただ中でした。ギータさんの空港からホテルまで送る間の「大切なことがあります。それは今は雨期なので、いつも絶対に傘か、雨具を忘れないでください。雨は突然降り出しますから」という言葉通りに、朝の空には、黒い雲が広がっていました。
 5時半という早い時間なのに、カトマンズの朝はとても早いようで、あちこちの雑貨やさんや小さなよろずやさんのようなお店が開き始めていました。それでも、日中ほど車は通らず、犬が、ゆっくり道路を渡っていきます。ほとんどの犬は、誰かの犬というわけではないようで、自由にあちこちを歩いていました。角のところに、パンや野菜やたばこなどを売っている小さいお店がありました。
「野菜、なんだかどれも長細い」野菜たちは、お店の前の地面の上に置かれた木の箱やかごに入れられて売られていました。本当に、ナスも、大根も、おいもも、みんなキュウリのような形(大きさと色が違うから、これはナスだろうとか大根だろうってわかるけれど)をしています。
「あれはなんだろう」おんなじように、プラスチックのかごの中に、白い液体が、15p角の固い材質のナイロン?の袋に入れられて売られています。
小さな男の子が、お使いでしょうか?白い液体が入ったその袋を買って行きました。
「牛乳じゃないかな?」
 でも、30度近くある暑さの中、かごの中とは言え、ほとんど地面の上に直接おかれているようなので、それが牛乳だったら、腐ったりしないのかなとちょっと心配になってしまいます。けれど、それはやっぱり牛乳のようでした。いくつめかのお店の前を通りかかったときに、袋が破れていて流れ出していたのは、やはり牛乳でした。
 外国に来ると、いろんなことが、少しずつ、自分たちの身の回りにあるものや、様子が違っていて、朝の散歩はそれがすごく感じられるから、やっぱり、お散歩はしたいです。 KOちゃんはネパールのたばこを、大谷さんは、「ちょっとかじってみたいな」とカステラみたいなパンを買っていました。私はガムを買いました。
 「ね、チャイを売ってはるわ」藤尾さんの声にお店の中をのそくと、薄暗い中に、木の机がいくつか置かれていて、お客さんが一人、チャイを飲んでいました。入り口では、少年が小さな片手鍋にお湯を沸かして、チャイを作っていました。
 ネパールの生活にチャイは欠かせない物だそうです。ミルクたっぷりで、とても甘いこの紅茶。朝はチャイから始まって、そして、日中も、何かとあれば休んでチャイを飲むと言うこと。あとでギータちゃん(仲良しになった私たちは、すぐにギータちゃんとちゃんをつけて呼ぶようになりました)が教えてくれたのだけど、ネパールでは一生懸命働くのは男性より女性が多いのだそうで、男の人は、田んぼや畑に種を蒔く前の一番最初に田や畑を耕す仕事だけをして、あとの作物の世話や田植えや草取りや稲刈りはみんな女性の仕事なのだそうです。最初に耕すのが男の人だという理由は、女性は汚れたものだからということだそうで、それはちょっと酷い理由だなあと思いました。田や畑の仕事だけでなく、織物や、いろいろな道具作りも、女性がするそうで、男の人は、日中チャイを飲んでおしゃべりをしたり、ゲームをしてすごすことが多いそう。実際に、楽しそうにお茶を飲みながら喋り続けたり、路上で、木で作った大きな盤ゲームのようなもので、賭け事をして遊んでいる風景をよくみかけました。でも、男の人は全然働かないかというと、そうではなくて、ホテルやお店で働いている男の人もたくさんいました。
 チャイはたくさん飲むけれど、ネパールの食事は遅い朝ご飯と夕飯の二食だけということが一般的だそうです。甘い甘いチャイがエネルギーの源になっているのかもしれません。
 私たちはチャイやさんに入っていって、5人で2杯のチャイを飲むことにしました。チャイは一杯5ルピー。日本円で7円ちょっとといったところ。
 片手鍋にはミルクと一緒に紅茶が入れられ、それを漉すロイヤルミルクティみたいな作り方でしたが、他で飲んだときには、お湯で煮出した紅茶に、熱いミルクをそそいでいる方法もありました。どちらにしてもお砂糖は、え??こんなに入れるの?というくらい、洗剤のスプーンみたいな形の真鍮のものに山盛りいっぱい入れていました。机の横の、土壁にあけられた四角の窓の外のカトマンズの朝の風景はまるで切り取られた写真のように見えました。日本から離れた、あこがれていたカトマンズの街に、私たちは今、いるのだなあという喜びが、じわじわと私をいっぱいにするのでした。
 代わる代わるチャイを飲んでいる間に、今度は、でっぷりと太った優しい顔のおじさんが、小麦粉を薄くのばした物を油であげて、パンのようなものを作っていました。パンと言っても、中はどうやら空洞のようで、油の中で皮がふっくらとふくらんでいくのです。食べたい気持ちもあったけれど、朝食を控えていたり、海外では繰り返し使う古い油であたることが多いとてっちゃんに聞いていたので、やめておくことにしました。
 お店を出ると、チャイやさんの向かい側は、また小さなよろずやさん。ショーウィンドウに見つけた物は、真鍮でできた、4,5pの短い棒の先がつぶれて、小さいスプーンの形になって、反対側にひもが通せるようにしたもの。「耳かき?」「あー、そうかもしれない」
 ネパール独特のサリー風な洋服を着た、お店番の女の人に、「イヤー?」と聞いて耳をそうじするジェスチャーをするとその女の人はにっこり笑って、そうそうとうなづきました。大谷さんとKOちゃんが、「”イヤー”で通じるってすごい」と後ろで笑っていました。だって大丈夫だよね、耳?って聞いてその動作を見たら、全然OKだよね。でも、自分でも旅に出ると、いつもの何倍も勇気が出るなあって思います。みんな本当?って言うかも知れないけれど、いつもは内気で、誰かにしゃべりかけるって簡単じゃないのです。きっと私、旅に出ると、心も開放されて、そして、人と話すことを楽しんでいるんだよね。耳かきはひとつ2ルピー。3円ほどです。
 あともう少しで7時ということで、ホテルに戻ることにしました。帰り道、ショーウインドウにめざまし時計を見つけました。緑や青や赤などのでこぼこに配置された文字が可愛いプラスチックの時計。ああ、そうだ、私目覚まし時計を忘れてきたんだった。本当にいつも何か忘れるんだよね。大谷さんが、お店の中に入って、いくらか聞いてくれました。125ルピーだということ、あっという間に、5ルピーだとか2ルピーだとかいう世界に入ってしまっていて、125ルピーが少し高いような気もしてきます。「どうする?」と尋ねる大谷さんに、「でも、必要だから」と言いました。そこは時計屋さんというよりも、時計も置いてあるという感じのお店で、もしかしたら手に入った物は何でも売るお店なのかもしれません。商品は数えるほどしか置いてなくて、時計も古い物新しい物、どれでも売るという感じです。大谷さんは英語でどうやら、「これはちゃんと動くのか?」と尋ねているようでした。お店の男の人は電池を入れて、動くことを見せてくれていました。
 それを買って、歩いていると、向こうの方から、伊藤さん親子が、ランニングの格好で走っているのに出会いました。いろんな方法で、みなさんが旅を楽しまれているのがうれしいなあと思いました。
 食事をしたあと、ホテルのお部屋にあったはがきに、千代さんにお誕生日おめでとうのメッセージを書きました。フロントに持って行くと、ドアの横のカウンターのところに持って行くように教えてくれました。日本までの切手は15ルピー。ネパールの方の生活を思うと、切手は割高なのかもしれません。外国へ出すのが高くて、ネパールの中で出すのは安いのかもしれないですね。

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