6.カトマンズ初めての夜

   ホテルに入ると、ボーイさんが、ウェルカムドリンクを一人一人にくださいました。とても濃厚なマンゴージュース。ネパールは山の合間の盆地で、高地にあるため、それほど熱くはないけれど、やはり、マンゴーなどの熱帯の果物がおいしいのですね。
 ギータさんが手続きをしているあいだに、ロビーで自己紹介が始まりました。今回のツアーは全部で27名。前に旅に参加してくださった方や、そのご家族が多いのもとてもうれしいことでした。前の旅行が楽しかったと思ってくれての参加だと思うから・・今までの旅行を書いてみると、一度目はエジプト・ケニア、二度目はボストン、カナダ。三度目はベトナム・カンボジア、そして去年はペルー、今年はネパールというふうになります。藤尾さんは全部のツアーに、菊池さんはベトナム・カンボジア以外、大谷さんはペルー以外の旅行に参加してくれています。
 みなさん、自己紹介で、参加の理由、私との出会いや、旅への思いなどを話され、これから8日間、一緒に旅ができることが本当にうれしいのです。
 紹介が終わった頃に、ギータさんが戻ってきて、一人一人の名前を呼んで、キーを配ってくれました。私の部屋の番号は”321”。「ほら、いい番号」小林さんや大谷さんやEMIちゃんに自慢をしたけれど、みんな怪訝な顔をしています。だって、これは私にとってすごくいい番号・・だって覚えやすそうですもの。どこかへ出かけるときに、キーをフロントに預けて、帰ってきてフロントに行って、何番ですかと尋ねられたときに、「え!?番号?うーー」と番号を忘れて青くなっちゃうことってしょっちゅうです。でもね、番号が覚えられたからと言って、ルームナンバーを上手に告げられるかと言ったらそうではありません。EMIちゃんとかがかっこよくお部屋の番号を、告げているのを横目で見ながら、指を一生懸命3の形にして、次にチョキの形にして、次に1にして、「スリー、ツー、ワン、(ゼロって言いたくなっちゃうのをなんとかおさえて)」とフロントの方に告げると、フロントの方も、周りの人も、なぜかおかしくてたまらないといった感じで笑うのです。(いいんだもん、通じたんだから)
 それからギータさんと小林さんから、「少し、インフォメーションします」とお話がありました。
「今から、おなかがすいている人だけ街に出て食事をします。ネパールのお金はホテルのフロントで替えても、街の中で替えてもあんまり、変わらないから、ここで替えたらいいと思います。何か質問は?」
「いくらくらい替えたらいいんですか?」
てつやさんから「2,30ドル替えて、また替えたらいいんじゃないかな?余っても、ネパールのお金は細かいのはもうドルに替えられないし、また手数料がかかちゃうから・・」という答え。
「枕元にどれくらいチップをおけばいいのですか?」
これもてつやさんから「だいたいネパールの貨幣価値は日本の10分の1だと思ってもらえばいいです。だから一ドルだったら、もう大喜び。10ルピーでも20でも50でもOKだと思うよ」。ギータさんもその答えに頷いていました。てつやさんは10年前、まだ19歳の時にネパールを訪れていて、2度目だけど、そういうことだけでなく、いつも世界中を旅しているから、いろんなことにとてもくわしいのです。
 フロントでとりあえず30ドル替えました。ネパールのお金は1円でだいたい1.55ルピーにあたります。「地球の歩き方」の本によると平均賃金は一月、一人、5000円くらいだそうです。それから、日本円でもトラベラーチェックでも大丈夫と書いてあって、実際に大丈夫のようだったけれど、朝すごく早くや夜遅くの両替はドル以外は少し大変そうに見えました。
飛行機の中で嫌というほど(何しろ飛行機の中は座ったままだから、いくらおいしくても珍しい物が出ても、そんなには食べられませんものね)機内食や、お茶やお菓子をいただいていたので、おなかはすいてはいなかったけれど、でも、街に出る機会を見逃す私ではないのです。どこかへでかければ、なんだかもったいなくて、時間があれば、どこかへ行きたいし、朝だって状況が許せば街に出て、あちこち見て歩いたり、その国の方とお話がしたいのです。
 20人くらいの方と夜の街にくりだすことになりました。少し開いているお店はあったけれど、シャングリラホテルのある通りは、カトマンズの市街地からは少し離れていて、そのためか、開いているお店はまばらでした。
「わ、山もっちゃん見て」哲也さんの指さす方を見ると、肉屋さんのショーウィンドーにとても可愛い顔をしたヤギの首が、何事もないようにそこに置かれていたのでした。その首は本当に今にもおしゃべりしそうで、「どうしたの?」と声をかけそうになるくらいです。沖縄に行ったときに、ブタの顔の皮?を見たときも驚いたけれど、こうしてヤギの首を見ると、ああ、肉って、動物の体なんだなあと、そんなことを改めて思うのです。日本ではスーパーで、食べやすい大きさに切られて、発泡スチロールの容器に入れられて売られている肉しか目にすることはありませんものね。
 もう真夜中だけど、ホテルでしょうか?大きなビルを休まずに建てている工事現場にさしかかりました。「アジアのエネルギーを感じるね」小林さんは、カンボジアの市場を見たときも、一台に4人も5人も乗ってひっきりなしに走るバイクがベトナムの通りを走るのを見たときも、この言葉をつぶやいていました。きっと小林さんもアジアが大好きなんだな・・・
 「あんまりお店やってないじゃん」(旅に出ると小林さんはいつにない、不思議な言葉をときどき使うようになります。)と哲也さんに言うと、哲也さんが「あの赤いネオンは絶対にうまいすよ。旅を続けるときに、僕を支えてくれるこの僕の五感がそうつぶやいている。」
「サウナなんとかとか、指圧なんとかみたいな看板じゃないの?」哲也さんが大好きでならない小林さんは旅の間中、哲也さんのことをちょっとからかったり、一緒にこうしたおもしろい会話をして私たちを楽しませてくれるのです。
「いや、絶対にあの赤いネオンはおいしいネオンですよ。まあとにかくあそこまで行って、それでダメなら帰りましょう」
 果たして哲也さんの五感による勘は、大当たりで、そこは大きな中華料理屋さんでした。大きいのだけど、もう時間が遅かったからか、暗い階段を通るのと、初めての街なので、ちょっと怖くなって、みんな「大丈夫なの?」と不安がっているのだけど、そこは旅慣れた哲也さん。「OK、OK」と入っていきました。
「ナマステ」とぞろぞろ入っていくと、お店の人も、遅い時間にたくさんの外国の人の団体が来たことで、ちょっと驚いたようでした。もう他のお客さんは誰もいなくて、みんな思い思いのものを注文し、それをみんなでより分けて食べることになりました。
 最初に飲み物を選びました。メニューを見て、哲也さんがみんながどのビールにしようか迷ってるのを見て、「エベレストが、サンミゲルかタイガーというビールがおいしいよ。僕はエベレストかサンミゲルにしよう」と言いました。それを聞いたみんなが頼んだのは、もちろんエベレストとサンミゲル。私はビールは飲まないけれど、ラベルをスケッチブックに貼るのが楽しみなのです。エベレストのラベルはとてもとてもきれいでした。防寒服を身につけた人が、エベレストの山頂に旗をつきさそうとする瞬間の絵が金色の枠の中にかかれています。紺色の空、白い山エベレスト、補の津に見事に素敵なラベルです。ネパールには8000メートルを越す山はたくさんあるけれど、やはり世界一高い山エベレストはネパールのいろいろな商品に使われているようです。
 ビールの他、ワイン、麻婆豆腐、おかゆ、揚げそば(ポークチャオメン)、はるさめ、スープなど、いくつかずつを頼むと、机の上は載り切れないほどのお皿であふれました。こんなにたくさん食べたのに、支払いは全部で5340ルピー。計算が得意なKOちゃんが、「一人325円くらいだね」と言いました。貨幣価値は10分の1くらいと聞いたあとでも、こんなにおいしいものをたくさんたくさんいただいて、それで325円と聞くとびっくりしてしまいます。けれどももし、月5000円の収入だとしたら、一度で一人、325円の食事はおそらく、なかなかとれるものではないでしょう。おいしいものをたくさん安くいただけるのはとてもうれしいことだけれど、でも、旅に出ていつも思うのは、みんなが食べているものを食べていろんなことを感じてみたい、考えてみたいということでした。
 帰り道、肉屋さんはもうしまっていて、もうヤギの顔に会うこうとはできなかったけれど、建設中のところはまだとても明るく、仕事は続いていました。もしかしたら、一日中休みなく行われているのかもしれません。
 朝は7時から食事がとれて、集合は9時少し前と聞いていました。「かっこさん散歩しはる?」藤尾さんが聞いてくれました。「するつもりなの」ということで、藤尾さんのお友達で今回新たに参加の下村さん、大谷さん、KOちゃん、そして私の5人で、「5時半にロビーでね」と約束をしました。
 お部屋に帰って眠る用意をしていて、目覚まし時計を忘れたことに気がつきました。目覚まし時計は必需品なのです。なぜって英語がわからないから、モーニングコールを頼む勇気が出ないのです。明日は5時少し前に起きればいいけれど、旅の朝はたいていとても早く、朝日を見るために3時半に集合なんてことがよくあります。どうしようかなと迷ったあげく、携帯電話のめざましを使うことにしました。けれど機械音痴な私。日本とネパールは3時間15分違って、ネパールの時間が遅いはず。携帯の時間を変更するのはやめて、めざましの時間をいったい何時にあわせたらいいのだろう・・わからなくて紙に書いて、計算して時間を合わせました。
 一体、今何時なんだろう。ギータさんが日本の時間をしめてしている時計をそのままにしてネパールの時間を見ることができる方法を教えてくれたのです。ネパールの時間は日本の時間より3時間15分遅れになるから、時計の3という数字を上にしてみると、ちょうどいいのだそうなのです。8日間、私は時計をネパール時間に合わせなくて、ギータちゃんに教わった、3の字を上にして、時計を見るということをしました。不思議なもので、最初は首を45度傾けて時計を見ていたり、めもりを数えたりしていたけれど、後半は3が上なのがあたりまえのように時間を読むことができるようになったのでした。

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