ロイヤルネパール航空1

 飛行機の中で、読もうと思っている何冊かの本、(地球の歩き方、指さし会話帳・・どれももちろんネパールのもの・・)と、スケッチブック、色鉛筆などをカバンに入れて、私たちは、12:30発ネパール行きのロイヤルネパール航空という飛行機に乗り込みました。
 乗務員さんは、おそらくはネパールの方、そして、女性の乗務員さんはネパールの民族衣装を身にまとっています。気がつけば、飛行機の壁には、エベレストの山々の模様が連なっていたり、飛行機の天井から下がったEXITの文字の横には、ネパール語の文字がかかれています。飛行機の中は、すでにもう、まだ見ぬ異国のようです。
 日本の飛行機と違うのは、それだけではありません。ところどころ、破れていたり、穴が開いていたり、ふたが閉まらなかったりするのです。哲也さんが、小林さんに「この飛行機大丈夫なんですか?」と聞いています。「だめなときはだめだろう」そんなあ・・とちょっと心配になるけれど、座席だとか、ポケットだとか、そういうところは少々壊れていても、飛ぶ機能はきっと大丈夫なはず。バリバリ、ゴー、大きな音をたてて、飛行機は離陸しました。
  私の横で、KOちゃんが、そのEXITの文字を見て、「あれはバヒラと読むのじゃないか」と言いました。「え?あんな不思議な文字がどうして読めるの?」KOちゃんが手にしていたのは、指さし会話帳でした。情報センター出版局から出ている、指さし会話帳は韓国へ行ったときも、ベトナムへ行ったときも、それからペルーへ行ったときも持って行きました。この本は、挿絵と一緒に、たとえば日本語の「おはよう」の文字の下に、現地の言葉のおはようを現地の言葉、ネパールなら、ナマステと書かれてあって、そしてその下にさらにナマステとカタカナで書かれてあるのです。現地の方とお話をするとき、指さしながら、たとえば「あなたの名前は何ですか?」とか「とってもおいしかったです。ありがとう」とかを発音がよくわからなくても、絵と現地の文字で伝えることができるからとても便利なのです。
 KOちゃんが見ていたのはその本の第2部の「ネパール語の文字と発音」の場所でした。どうやらネパール語は、母音と子音が文字に反映している表音文字語らしいのです。KOちゃんはそういう規則を見つけ出すのが得意なのです。この文字がバ、これはこうなって、こうなるから、ヒかなあ、それでこれはこうだから、ラ。説明してもらうと、ただの記号か絵のように見えていた文字が、謎解きのように、するするとほどけてくるようで、不思議です。
 「ちょっと聞いてくる・・」大谷さんは、どこかへ出かけて帰ってきました。「すごいよ!バフィラだって」戻ってきた大谷さんは、EXITの横に書いてあると同じ文字のメモを乗務員さんにかいてもらって、持っていました。KOちゃんがさらに第3部のネパール→日本語単語集を見て、「”外→バヒラ”と、それから”表→バヒラ”って書いてあるよ」とされげなく言いました。
 KOちゃんすごい・・・私はEXITは出口だからと思って、単語帳の出口を見て、その単語が載っていないのを確認して、もうあきらめていたのに、そういえば、前に一緒に韓国へ出かけたときも、KOちゃんはすぐに韓国語が読めるようになっていたなあと思い出しました。韓国語も、やはり、一定の規則を持った、表音文字語なのです。そうやって見ていると、ただ難しくて、自分とは少しも縁のないものでそれが読めるだなんてことは少しも思っていなかった文字が、、ひとつでもふたつでも読めるようになると、とてもおもしろく、今から訪れるネパールにもいっそう興味が湧いてくるのでした。
 ところで私は、さっそく大谷さんから、そのメモをもらってスケッチブックに貼って、その横に、乗務員さんのイラストを描きました。ちょうど飲み物を運んできてくれた乗務員さんが、たぶんなんだけど「え、それが俺!?ちょっと違うな」と笑って言って、座席の前のポケットにも入れてある機内誌を持ってきました。そして「ほらこれが俺だよ」と指さした本の中のあるページのある場所には、まさに、その彼がにっこりと微笑んで、手を前方にかざし、何かを乗客に説明している写真が載っていました。
「すごい・・かっこいい・・ベリーナイス素敵」いったい何語かわからない言葉で笑うと、乗務員さんも、うれしそうに笑いました。
 大谷さんは美術の先生で、絵もとても上手です。さっそく私のスケッチブックに、その写真そっくりの似顔絵を描きました。トイレの近くにある飲み物などを用意する、乗務員さんの席があるところへスケッチブックを持って行くと、その乗務員さんは、わぁ、とても上手だとたぶんそう言って、絵に自分の名前を書いて、その下にサインして「これは、シグネーチャー(サインだよ)と言いました。乗務員さんは赤い宝石がついた大きな指輪をしていました。よく見ると、それは宝石ではなくて、猿のような顔をした彫り物でした。「モンキー?」「ノー、これは飛行機のシンボルエンブレムでもあるシバ神だ」英語がほとんどわからないのだけど、KOちゃんと大谷さんが、通訳をしてくれて、(君はどうしていつまでたっても英語がそんななの?とKOちゃんが言いました。だって、どうしてもどうしてもわからないんだもの)それから、私もなんとなく雰囲気でこんなふうに言ってるんじゃないかなあと思いながら、話していると、もう気持ちが通じ合ったような気がしてきてうれしいのでした。
 カトマンズまでは6時間かかると聞いていたのに、まだその半分もたっていないのに、「シートベルトを締めてください。この飛行機は着陸します」という指示がありました。驚いていたら、この飛行機は上海にトランジット(途中で止まって、そこで燃料を補給したり、そこから新しく乗客が乗り込んだりする)するということでした。
 もう何年も前に上海に行ったときとは比べものにならないほど大きな近代的な空港がそこにはありました。飛行機を降りて、バスに乗り込むと、当たり前だけれど、そのバスの中は、もう中国です。英語のような横文字の代わりに漢字がずらりと並んでいます。トランジット用の入り口で「過站登機牌」TRANJIT BOARDING PASSと書かれた赤いチケットを渡されました。
 哲也さんが「山もっちゃん、無くさないでよ。これを無くしたら、ずっと上海でネパールには永遠にいけないんだからね」どうでもいいものは、ずっとカバンのなかにあるくせに、絶対に無くしちゃいけないものに限って、なぜだか、すぐにどこかに行ってしまう・・それが私。哲也さんの言葉が脅しに聞こえそうだけど、でも脅しじゃなくて、本当に無くしたら大変なことになるんですよね。それから45分、そのカードをずっと握りしめていました。
 握りしめながらも、きょろきょろとあたりを見合わすことは忘れていません。行き先を示した電光掲示板には「加徳満都」の文字がありました。「もしかしたら、あれ、カトマンズって書いてあるのかな?」
 ガラス戸にはPULLの文字の上に、「拉」という漢字が一つ・・それから見慣れた緑色の非常口のマークにはEXITという文字とともに、「安全出口」という漢字が並んでいました。
 一緒の仲間に「ほらみて」「ねえみて」と私はなかなか忙しいのです。でも、ちゃんと赤いチケットは忘れずに握りしめて・・・
 トランジットルームにはいくつかのお店がありました。山岸さんが、石につよしの文字を彫ったはんこを9000円でつくってもらっていました。9000円だなんて、高くてちょっとびっくりしました。

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