ナウシカのオームのような関空で

 ネパールには大阪の関空から出発することになっていました。一週間前に関空に荷物を送るシステムがあるよと小林さんが教えてくれるのに、なかなか間際にならないと荷物が用意できなくて、いつも、重くて大きくて電車の中でも置き場所に困るスーツケースを家からごろごろところがしながら行くことになってしまいます。
 旅はいつもスケッチブック選びから始まります。乗り物やお寺などの入場チケットや、ビールのラベルや(ビールは飲まないので、旅の仲間にちょうだいと言ってもらいます)レシートやとにかくいろんなものを貼ったり、絵を描いたり、文章を忘れないようにかいていくのが、とっても楽しいのです。 
サンダーバードの中で、車掌さんがキップの検札に来ました。あ、あの検札のスタンプ、いいなあ、私のスケッチブックに押してほしいなあ・・・7月25日のスタンプでスケッチブックの最初のページを飾りたいなあ・・
「それ、ここにも押してくださいますか?もしよかったら、私に押させてくださいますか?」のどまででかかったけれど、忙しそうで、そして、固い表情の車掌さんに頼む勇気が出ませんでした。
 京都で「はるか」に乗り換えました。「はるか」の車掌さんは女性の方、にこやかな笑顔を見て、よおし、今度こそは頼んでみよう・・・きっと、こんなお願いをする人はいっぱいいると思うなあ、だってあの検札のはさみ、とっても魅力的だもの・・そんなふうに思うけれど、なかなか勇気が出なくて、車掌さんに向けて言おうと思っていた言葉を、小松から一緒の大谷さんに、「あのスタンプ、ここに押してほしいなあ」と独り言のように言いました。
 これまで何度も「みんな大好きツアー」に参加してくれている大谷さんは、私がしてほしいと思っていることがすぐにわかったようでした。
「すみません」大谷さんが車掌さんに声をかけてくれました。
「そのはさみで、このスケッチブックはさんでもらえますか?」
「え!?」という表情を車掌さんはされたから、もしかしたら、そういうことを頼む人は、あんまりいないのかもしれません。もう一度、説明してくれた大谷さんに、にっこり笑って、「いいですよ」とスケッチブックの最初のページにはさみをいれて、7月25日の日付入りのはんこは、無事、私のスケッチブックの最初を飾ってくれたのでした。うふ、うれしい・・・にっこり・・・。
 本当は自分で押してみたかったけれど、でもね、そこまでお願いしちゃいけないかもしれないから・・・。
 「はるか」は海を越えて、関空に到着しました。関空の駅は、もう関空の一部です。降りてすぐのエスカレーターの入り口のところに、写真家の野村哲也さんがいました。
 哲也さんは昨年に続いて、今年も私たちの旅のお手伝いにきてくれたのでした。哲也さんは旅慣れていて、外国の言葉がたくさんお話できて、そして何よりも、哲也さんがいるだけで、旅が数倍も楽しくなるのです。
 「てっちゃん、おはようございます」声をかけると、てつやさんが
「姫のために赤いじゅうたんを用意しなくてはならなかったのだけど・・」と言いました。
 姫だとか、赤いじゅうたんだなんて、きっとみなさん、びっくりされるでしょう?少し説明させてください。そのためには哲也さんが、時々送ってくれる哲也通信を引用させていただくのがいいかもしれません。
・・・・・・哲也通信 8/1から「加徳満都」からの抜粋・・・・
羽島から新幹線で新大阪へ。
途中、朝日に輝く伊吹山と、霧けぶる田園風景が目に染みわたった。
新大阪から特急列車「はるか」に乗り換え、関西空港へ。
久しぶりの関空。
ナウシカに登場するオームのような建造物は、そのまま京都駅の構内の作りと重なった。
「てっちゃん、おはよ」
聞き慣れた声、ふと顔を上げると、そこに彼女がいた。
山もっちゃん。
今日から8日間、姫と姫のファンたちが集う恒例の「山もっちゃんツアー」が始まる。
もちろん、そのアテンダーは菩薩&エンジェルの小林正樹さん。
山もっちゃんの顔を見た瞬間、僕は昨日小林さんと話していた電話内容を回想していた。
「明日って、12時半のフライトなのに、関空に9時半に着かなくちゃいけないんですか?」
「そうだな、はるか11号だから、関空着は9時33分になるな」
「えぇ〜僕3時間も前に空港なんか行ったことないから、僕は10時半くらいに行っても良いですか?」
「身分をわきまえろ。去年のペルーツアーから、オレが犬、阪根博が猿、そしてきみがキジ。このカースト制は今世も来世も覆ることはない。本来なら姫よりも先に関空に入って、レッドカーペットを敷いておかねばいけないんだからな」
ってな事で、僕は山もっちゃんが乗り込む「はるか」で関空に着いたというわけ。
「おはよ、山もっちゃん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 いつもおっちょこちょいで、方向音痴で、力がなくて荷物も持てなくて、失敗ばかりの私を見かねて、いつのころからか、講演会のチケットの購入から、主催者の方の連絡、当日のお世話まで全部をしてくれるようになった小林さん。
 静岡の浜松に住み、会計事務所の社長さんをしている小林さんが、私のお世話をどうしてしてくれるようになったのかということを不思議に思う人はたくさんいて、よく、そのことを尋ねられます。小林さんは、あるときは、「前世からの決めごとで」と、ある時は「山もっちゃんは姫、僕は”爺”だから」と言い、「姫、爺はうれしゅうございます」なんてことを言うのです。小林さんは遊び心がある方なのです。そして、何年か前に上野に行ったときに、西郷さんの銅像を見て、「僕は西郷さんの犬だから」というのが気に入っていて、3人がそろった去年の旅では、僕が犬なら、阪根さんは猿、そして、若い哲也さんはキジということにしよう・・ということになったのでした。
 そうすると、今度は、「なぜ、犬、猿、キジなんですか?」という疑問を持つ方が増えて、その質問には(もちろん旅を桃太郎のお話になぞって、犬猿キジとしたわけだけど)「年の順だよ」と最初に言っていたのが、「所得の順」とか「家柄の順」というふうに話すようになりました。こんなふうに文字で書くと、小林さんが傲慢な方のようにとられちゃうと、ものすごく見当違いなことになってしまって大変なのだけど、もちろん、これは男の人3人の中での、遊び心なのです。阪根さんのこと、哲也さんのことを、心から大切に思い、支援をしているのは小林さんの方で、言い換えれば、小林さんは阪根さんや哲也さんの崇拝者でもあるかもしれません。そして、この遊びは、旅のいろいろな場面で続きます。哲也さんが「犬様、きびだんごが切れてきました」と言えば、それは「夕食に赤ワインをほしいんだけどなあ・・」ということだったり、私が旅先で、言葉が通じなくて、お買い物をするときに不安だったりすると「ほら、姫が、困っているから、キジが通訳してさしあげて」というふうに、小林さんが言ったり・・そのたびに、回りから笑いが起きて、旅が楽しくなるのです。
 哲也さんが、「姫」と私を呼び、「赤いじゅうたんを敷く」と言ったのはそういう理由があるのでした。 
関空は、本当にナウシカのオームみたい・・そして、その天井には、ナウシカの乗り物であるメーベを思わせる造形物が、風をうけていました。そしてその下には、これから一緒に旅を続ける仲間がすでに集まってくれていました。
 小林さんや、一回目の旅行から一緒の藤尾さん、それから菊池さんなど、現地から参加の小笠原さんを覗いた26名の旅が、そこから始まったのでした。

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