プラネタリウム(一樹くんの話)
- 一樹くんのお話をしたいと思います。
- 一樹くんがまだ中学生のころのある冬の日のことです。
- その日は山中町の児童会館にプラネタリウムを見に行くことになっていました。朝の会で私は一樹くんに「せっかく行くのだから、冬の星座のうちひとつは覚えてこようね」と言いました。プラネタリウムはとてもきれいでおもしろくて、たくさんの星座の紹介をしていただいて帰ってきました。
- 今日の復習がしたかったので、帰ってきてさっそく
「今日は何を覚えてきたの?」
- と尋ねると、一樹くんは
「エッソ石油でした。三菱でした」
- と言いました。よく聞いてみると、バスの中から二つのガソリンスタンドが見えたというのです。そして星座の名前はひとつも覚えてこなかったということがわかりました。私はもうがっかりして「終わりの会までにオリオン座という名前おぼえるんだよ」と一樹くんに言いました。
- その日、私は友だちと大倉へスキーのナイターへ行ったのですが、リフトから兎の可愛らしい足跡が見えてとてもうれしく、また友だちもうれしいだろうと思って、
「兎の足跡いっぱいあったね」
- と言ったのですが、友だちは、
「そんなもん、知らんわ。それよりリフトから上手な人の滑り方見んといかんよ」
- と言いました。
- 私は、その時になってようやく一樹君の気持ちがわかった気がしたのです。(本当は遅すぎたなあと思います)私たちは目でたくさんのものを見ているけれど、心で見ていなければ、その映像は頭の中に入ってはこないのですね。同じものを見ていても、同じものを見ていない。友だちに兎の足跡が見えなかったように、私にはバスからガソリンスタンドが見えなかった、目では見たのだろうけど、見えなかった。私に上手なスキーヤーが見えなかったように、一樹くんには星座が見えなかった。それと同じことなのです。
- 考えてみれば、星座をひとつ覚えることがそんなに大事なことでしょうか。一樹くんにとったらガソリンスタンドのほうが大事で、同じプラネタリウムに出かけていっても、それはそれでよかったのではないでしょうか。それなのに、私は自分の気持ちばかり押しつけて、「最後にかならずひとつ覚えて帰ろう」とまで言ったのです。一樹くんはそんなわがままを決して怒らずに、ちゃんとオリオン座の名前を覚えてくれました。
- 私はとても恥ずかしくなりました。それにもしかしたら、一樹くんはプラネタリウムで星を“きれいだなあ”と思ったかもしれません。その名前がなんであるかなんてこと、どうして私は大事だと思ったのでしょう。大事なのは、星を見て“きれいだなあ”と思えることなのに、そして大好きなガソリンスタンドをバスから見てうれしかったよ、と「エッソ石油でした。三菱でした」とお話しできたことなのに……。
- その晩は、心の中で何度も(一樹くんごめんなさい)と眠れない夜でした。
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