徳島

  飛行機が徳島の上にきました。大ちゃんは、大ちゃんが働いている、授産所の所長さんや授産所のバスの運転手さんと一緒に、空港に迎えにきてくれているということでした。大ちゃんは私をみつけて私の所へ走りよってきてくれるかしら?にっこり笑ってくれるかしら?昨日もどきどきして、眠れなかった……そんなことを思いながら、大ちゃんのいる徳島の風景を空からみつめていました。

 飛行機が15分遅れて徳島に着きました。大ちゃんが下を向いて立っているのが見えました。「大ちゃーん」名前を呼ぶけど、大ちゃんは「ああ」といってくれただけでした。あれ?どうしてしまったのかしら?大ちゃんは私の顔さえ見てくれなくて、なんだかよそよそしいのです。心配になって近くに寄って顔を覗き込んで「大ちゃん?」と呼ぶけれど、大ちゃんはまた顔をそらしてしまいました。

 授産所の所長さんも運転をしてくださってる方も、とてもきさくな方でした。バスの中から、徳島の説明をしてくださったり、食べ物のお話をしてくださったりととてもうれしいのに、私は大ちゃんの様子が気になって仕方がありませんでした。

 一緒に徳島うどんをいただいて、そのあと、授産所へ案内していただきました。授産所は玄関の戸をあけると、そこがもう作業部屋という小規模なところで、大ちゃんが前に働いていた、大きな作業所とは違っていました。けれど、ここには温かな空きが流れているのだということは一目みただけですぐに感じ取ることができました。バスを降りたとたん、大ちゃんは馴れた様子で、玄関のくつを靴箱にいれ、ロッカーで作業の準備をして、さっと自分の椅子に座り作業を始めました。その作業所ではお弁当の中についている、菊や梅などの造花作りのが作業が行われていました。「大ちゃんはすごいですよ。まだ来てそれほどたっていないのに、もうひとりでどんどん花を作って行けて、私たちも大ちゃんから教わることが多いです」職員の方がにっこり笑っておっしゃいました。「おたずねしたいことがあるのですけど・・大ちゃんは時計をみなくても、時間がわかるのですか?」「ええ、たぶんそうだと思いますが、どうしてですか?」とおたずねすると、大ちゃんの背中の場所に時計があって、時計は見えないはずなのに、そして作業中振り向いて時計を見ることもないのに、休み時間になると、一分も違わずにさっと立ち上がって、手を洗いにいって、みんなのおやつの準備のためにお茶をコップにいれるので、不思議でしょうがないのだと話して下さいました。きっと大ちゃんは体内時計がしっかりしていて、時計をみなくても時間がわかるのだと思うのですが、私がそれに気がついたのは、会って、一年以上もたったころのことでした。大ちゃんの細かなところまで職員の方が気がついてくださって、それをすごいことだと認めてくださってることがとてもありがたかったです。それから作業の様子についても、こんなことを話されました。「作業効率を考えると、葉っぱなら葉っぱばかり枝につけて、それから次はつぼみばかりつけて、その次は花ばかり付けていく方法がいいと思って勧めたけれど、大ちゃんはひとつの枝に葉っぱとつぼみと花をつけてひとつを完成させてから、次の造花に進みたいみたいで、違う方法をすすめても嫌がったのです。まあ、大ちゃんは仕事もとても速いし、とてもていねいだから、もちろんそれでもいいわけなのですがね」

 大ちゃんが以前作った詩を思い出しました。

こんなに たくさんの 仕事は
絶対に できないと 思うから
今してることだけ 終わらすんや
次してることも 終わって
そうして そうして くらしていると
大きな仕事も 終わっているんや

 大ちゃんはひとつひとつの仕事をこれが今の仕事だと思って、懸命にこなしていくうちに、仕事がいつか終わっているというスタイルをとりたいのかもしれません。それが「大ちゃん流」なのかもしれないです。職員の方にお話をすると、「そうですか?なるほど・・いや、大ちゃんは大ちゃんのやりかたがちゃんとあるのですね。ええ、大ちゃんの方法でいいのです」と話してくださいました。私は急にうれしさがこみあげてきました。大ちゃんは初めての方とお話するのがにがてです。それにこんなに離れています。大ちゃんはどうしているかしら?どんなふうに時間をすごしているのかしら?とずっと頭から離れなかったのです。けれど、大ちゃんが、温かい職員の方に見守られて、けっして強要されることなく、自分のスタイルで作業をすすめている様子を目にして、心配することなんていらなかったと思ったのでした。

 作業所の後、大ちゃんのおうちにもうかがわせていただいて、それから講演会の会場へ行きました。大ちゃんは講演会の間もそのあとの懇親会もずっと一緒にいてくれました。大勢の中でいるのはにがてだと思いこんでいて、それから大ちゃん自身のお話を聞いたり、講演会の最後に壇上にたって、挨拶を大ちゃんがすることになっていたり、そのあと、本にサインをしたり・・私が知っている大ちゃんは「そんなこと、俺せん。したくないんや」と言っていたことばかりだったのに、それでも大ちゃんはずっとそばにいてくれました。サインの多さに、「もういいよ」と私にしか聞こえない声でお話してくれたり、少しずつだけど、私の方もちらちら見てくれるようになったり、ちょっとおかしな話しだけど、飴のつつみとか、鼻をかんだ紙屑とかを昔のように、(捨ててということだと思います)私に渡してくれるようになってきて、(最初よそよそしかったのは、恥ずかしかっただけなのかな?)とうれしくなりました。それにしても、大ちゃんは、こんな大勢の人の前で、「こんにちは。また詩も書くので、応援して下さい」ってよく言えたなあと驚きました。私の知らないところで、大ちゃんはいつのまにかどんどん大人になっているんだなあと思いました。

 大ちゃんはホテルにおいてあった、鳴門の渦潮の観光船のパンフレットを手にとって、何度も見ていました。次の日は講演会に呼んで下さったかたが、「だいちゃんが鳴門へ行きたがっているということなので、一緒にご案内します」と言ってくださっていて、観光船にのせていただくことになっていました。大ちゃんもきっと楽しみにしてくれているのです。私もとてもうれしかったけれど、少し怖くもありました。「うずしお・・うずしお・・」という洗濯機だったか洗剤だったかのコマーシャルで流れていた、渦潮の映像はまるで、海の中から大きなたこか何かが表れたり、大きな船でも飲み込んでしまいそうでした。授産所のバスの運転手さんに「なくなった方はおられますか?」とおたずねすると、「たくさん死んどるやろ。俺も船に乗っていたからね」なんておっしゃるので、ますます怖くなりました。でも、講演会のときにそのお話をしたら、みなさんが恐がりの私をおかしいおかしいと笑われて、だいじょうぶと言ってくださったので、ちょっと安心しました。

 それでも鳴門の渦はすごかったです。海に段差が出来ていて、水がざーと流れて、大きな渦がいくつもいくつもできています。ふと気がつくと大ちゃんが私のすぐ隣にいて、私の顔をじっと見つめて「よく来たね」と言いました。大きな波の音に消されて、そのあと、大ちゃんが言ってくれたことははっきりわからなかったけれど、私はうれしさがこみあげてきて、泣いてしまいそうでした。

 四国八十八カ所めぐりの最初のお寺にも案内していただいて、帰りの飛行機の時間が近づいてきました。またすぐに大ちゃんに会えるから・・会おうと思ったらいつだって会えるから・・そう思うけれど、別れはやっぱりつらいです。またねと言ってゲートから出ていこうとしたら、大ちゃんが急に走り寄ってきて、ぎゅっと私の手をにぎってくれました。私にはそのときの大ちゃんの顔が少し不安げに見えました。でもそれはやっぱり別れのさびしさだったのだと思います。でなければ、私の寂しい気持ちが伝染してしまったのかもしれません。だって、こんなに温かなみなさんに囲まれて、大ちゃんは暮らしているのですもの。

 離ればなれにいても、大ちゃんとはまたきっとすぐに会えると思います。たとえ会えなくても、気持ちはつながっていられるに違いない・・遠くに離れていく徳島の景色を下に見ながら思いました。

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