僕の気持ちは空をとぶ 

 大ちゃんとしばらく会っていないって、急に思ったのです。だから電話したのですけど、どうしたことでしょう。電話からは「お客様がかけられた電話は現在使われておりません」という声が流れてくるだけでした。そんなはずないのに……いったいどうしたというのでしょう。気になりながら、次の日にも何度も電話したけれど、同じでした。電話番号を何か理由があって変えたのだろうか? 不安になって、いろいろなところに電話をしたら、テレビ局のお友達の方が、驚くことを教えてくださいました。
「大ちゃんのおうちね、お引っ越ししたの。ついこの間……私がちょうど電話をした日にね。今日お引っ越しするからって言われたの。山もっちゃんには連絡してあったと思ったのに……」
 思ってもみないことでした。私は言葉をなくして、ただ、うなづくだけでした。
 どうして大ちゃんも大ちゃんのおうちの方も私に何も教えてくださらないで、いなくなってしまったの? どうして私たちあんなに仲良しだったはずなのに……どうして私の前から急に消えてしまったの?
 泣きそうになりながら、教えていただいた携帯の電話番号のところへ夢中で電話をかけました。電話に出られたのは大ちゃんのお父さんでした。かけたのが私だと気がつかれてお父さんはすぐに「山もっちゃん、ああ、ごめんな。本当にごめんな。仕事の都合で、どうしても徳島に引っ越さないといけんくなったんや。山もっちゃんに言うと、泣くやろ。そんでな、すごく迷ったんやけど、よう知らされんかったんや。大助にも可哀想なことやけど、こればっかりは親の勝手させてもろたわ。家の場所が決まったら電話しようと思ってた。そやけど、ずっと仲良しやと思うとるよ」とおっしゃいました。
 お父さんのお仕事の都合がとても急だったのだからしょうがないと思っても、それから、私が泣き虫なのを心配してくださったのだとわかっても、大ちゃんはどうして教えてくれなかったのだろうとまだ悲しく思っていた私に、大ちゃんは電話に出るなり「山もっちゃんおらんかったから……」と言いました。「かけてくれたの?」と尋ねると、「いつ迎えに来るんや。俺、石川がいいから……帰らなあかん」そんなことを言うのです。
 大ちゃんは電話をかけてくれてたんだ……そうだ、このあいだ、何も入っていない留守電が何回かあったのは大ちゃんだったんだ、そして、大ちゃんもさびしがっていてくれたんだってわかったら、私はもう何も言えなくなりました。ただ、「またすぐ会えるよ。ね、大ちゃん元気でたくさん食べて、また電話してね。はじめてのところは大変だけどがんばってね。私もがんばる」とお話しして電話を切りました。
 しばらくは心にぽっかりと穴が空いたようでした。それまでだってそんなに大ちゃんとしょっちゅう会えていたわけでもないのに、会いたくなったらいつだってすぐに会えると思っていた前と比べると、今はとてつもなく遠く離れてしまって、もう一生会えることもないのじゃないかしらとさえ思えてくるのです。さびしくてさびしくて、何をみても大ちゃんのことを思いだしました。地理が苦手な私は、友達に「ね、徳島とディズニーランドとどっちが遠い?」なんて聞いたりもしていたのです。それから大ちゃんと二人で写っている写真を見たり、大ちゃんの書いてくれた字をみたくなって、ひさしぶりに、大ちゃんと私の本『さびしいときは心のかぜです』(樹心社)を見たりしました。そのときに本の中のふたつの詩が私の目に飛び込んできました。

 あのなあ 友達や僕たち 遠い所に おってもな 心が ずっと 近いから

 僕の気持ちは 空をとぶ 風の中 海の上 星の下…… あなたに 届きますように

 そうだ、大ちゃんと私は離れているけれど、きっとだいじょうぶに違いない……私たちは今までだって、お互いに学部が離れたり、学校が変わったり、大ちゃんが卒業しておつとめしたりして、何度も、もう一緒に詩を作ったり、一緒に時をすごすことができないのじゃないかと思ったことがあったけれど、私たちはいつだって、結局はお互いに、気持ちを伝え合うことができたじゃない……だから、きっとだいじょうぶ、今は離れていても、きっとまたお互いの気持ちを何かの方法で伝え合うことができるはず、とそう思うことができました。そう思ったら、急にほっとしてうれしくなりました。それから不思議なことも考えました。大ちゃんはもしかしたら、こんなふうになることをこの詩を作ったときに知っていたのかもしれない……そして、私が悲しくて仕方がなくなることも、そしてその時にこの本を開くようになることも知っていたのかもしれないと思いました。そして、私がちゃんと元気になるように、そのためにこの詩を作っておいてくれたのかなと思ったのです。
 先日、ある方からメールをいただきました。そのメールは大ちゃんが新しく通っている施設の職員の方からのもので、とてもうれしいメールでした。大ちゃんが徳島の新聞に載ったことで、それまで大ちゃんのことはあまり知らなかったけど、大ちゃんが詩を作ったり、インターネットが好きということを知られたということ、そして大ちゃんから、インターネットで私と話したいと聞いて、それまでインターネットが施設内ではできなかったので、出来るようにしたいのだということが、そのメールには書かれていました。なんとうれしいことでしょう……本当にそれがかなったら、私たちはまたメールでお話ができるようになるのです。地図で見たら、こんなに私たち、離れているんだと悲しかったのに、すぐに気持ちが伝えられるようになるのです。うれしくてうれしくて、すぐにお返事を書きました。
 そうしたらしばらくして、大ちゃんから本当に私のところにメールが届きました。詩のとおりに大ちゃんの気持ちが空を飛んで、風の中、海の上、星の下……私のところにやってきてくれたのです。やっぱり、私は大ちゃんとつながっていられるんだなと思って、声をあげて叫びたいくらいうれしかったです。それは私と大ちゃんだけでなくて、誰とでも、つながっていたいなあと思う人とはきっとつながっていられるんですよね。その時はもう一生のお別れだなんて思っても、遠くにいてもいつかちゃんと会えたり、気持ちを伝え合えたり、また接点ができたりして、きっとつながっていられるんですよね。
 びっくりしたのだけど、夏休みに徳島の方が講演会に来てと呼んで下さって、もうすぐ大ちゃんに会えることにもなりました。本当に不思議なことだけど、大ちゃんと私が会えるのも、メールでつながっていられるのも、施設の方のおかげだったり、呼んでくださった方のおかげだということも、決して忘れてはいけないと思いました。

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