大ちゃんの近況 

3月で養護学校の高等部を卒業します。卒業したら紙折りなどをしている授産所に入所したらどうかとお家の方や学校の先生方は考えておられるそうです。ただ、そこは定員まであとひとりということで、入ることができるかどうかはまだわかってないそうで、どうなるかはっきりとは決まっていません。
 冬休みにいつもの長いおやすみと同じように大ちゃんが私の家へきてくれることになっていました。中学生のころからずっと大ちゃんのことをカメラにおさめてこられらた石川テレビの赤井ディレクターが、前々から一度私の家でも大ちゃんをカメラに収めたいと話しておられたので、赤井さんもお誘いしました。
 実は中学部の頃一度だけ、大ちゃんは赤井さんとカメラの方の前で詩を作ったことがありました。でもそれ以来、大ちゃんが絵を描いたり、お話したり、ワープロを打ったりしているところは撮れても、詩をつくっているシーンを撮ることができずにいることを赤井さんはとても残念がっておられたのです。私も大ちゃんの優しく澄んだ目で時には恥ずかしそうに、ときにはひとつひとつ言葉をかみしめるように、詩をつくる大ちゃんの様子が大好きだったので、こんなに素敵な大ちゃんの様子をたくさんの人に見ていただけたらいいのにという気持ちがあったのです。
 大ちゃんは前から「僕の気持ちは 僕のもん ふたりのときだけ 話すことや」と言っていたのです。だから他の人と詩を作ることはしませんでした。それから他の先生がおられるだけでも大ちゃんは詩としても自分の気持ちを話すことをしませんでした。でもずっと大ちゃんのお家や学校に通われておられる赤井さんなら大丈夫かもしれない、赤井さんだってこんなに通っておられるのだから、よほど撮りたいと思っておられるのだろうと考えて、大ちゃんの承諾を得て、赤井さんをお誘いしたのです。
 赤井さんは大ちゃんの気持ちを考えて、カメラマンの方と一緒ではなく、ご自分で小さめのカメラを肩にかつがれて、一人でいらっしゃいました。
最初は何もお話せずに固くなっていた大ちゃんですが、大ちゃんを迎えに行って、私の家へ行く途中、いつものようにスーパーでお買い物をしたりしている大ちゃんはとてもたのしげで、ジュースやお菓子を選んで、私に「ちゃんとついてこいや」「こっちがおいしいんや」という大ちゃんはいつもの大ちゃんでした。これなら大丈夫かなと思ったけれど、大ちゃんは私の家へついたなり、「インターネットせんといかん」と言いました。楽しげにインターネットをして、カレーライスとサラダを食べて、そろそろ詩を作るのかなと思ったら、今度は「俺、じゃりんこチエ見ないかんから」と棚に並んでいる漫画を読み始めました。赤井さんから「詩作らないの?」と尋ねられたとき大ちゃんはぼそっと「カメラじゃまやな」と言いました。
 それからしばらくして、赤井さんが「今度カメラマンを連れてきてもいいかなあ」と聞いたときも大ちゃんは「(カメラマンなしの)ひとりがいいなあ」と言いました。その日は結局絵も描かず、詩もひとつも作りませんでした。いつも赤井さんが大ちゃんの気持ちを大切にしてくださるのです。それで「お正月に会ったときは私がカメラを持ってくるから作ってね」と赤井さんが言うと大ちゃんは「わかった」とうなづいていたのでした。
その次の日のことでした。大ちゃんから電話がかかってきました。「詩がたくさんあるから、ふたりでつくろうな」「俺、ふたりがいいから、詩はふたりでつくろうな」「山もっちゃんに言おうって思ってたんや」「大事な時間なんや」大ちゃんはあの日楽しそうにインターネットをしたり、漫画を読んだりしていたけど、詩作りのときにふたりじゃないということをとても気にしていたのです。また大ちゃんに申し訳ないことしてしまったなあと思います。赤井さんにそのことでお電話したら、「いいです。気長にいきますから」と言ってくださってほっとしました。
大ちゃんの詩作りは大ちゃんが気持ちを話してくれていることなんだとわかっているつもりでも、本当は私、少しもわかってはいないのだと思います。二人で作れるなら、誰かいても大丈夫なんじゃないか、見ていただけたほうがいいのじゃないかなんて結局簡単に考えてしまっているのだと思います。もしかしたらどんなことを言っても大丈夫という安心感を得るまでとても長い時間が必要なのかもしれないし、気持ちを伝える相手は今は私ひとりと決めているのかもしれません。はっきりはわからないけれど、きっと気持ちを伝えるということは誰にとっても簡単なことじゃないんだということです。
 けれど大ちゃんはいつも二人がいいというのではありません。赤井さんのことも大好き、他の人も大好きです。みんなで楽しいことをするのも大好きなのです。ただ、きっと大ちゃんにとって「詩をつくる」ときは二人ということがとてもとても大切なことなのだと思います。

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