花びら

風が吹いたみたいに 思い出したんや
あのときの ピンクのセーターは どうしたんや
桜の花びらと同じ色やったね
春のあたたかい日でした。
 「風が吹いたみたいに 思い出したんや
 あのときの ピンクのセーターは どうしたんや」
 大ちゃんが遠いところを見る目をしながら言いました。
「え?どの時?ピンクのセーターなんて私着てたっけ?」
そしたら大ちゃんが教えてくれました。
「桜の花びらとおんなじ色やったね 」
それでも私はいつ私がピンクのセーターを着ていたのか思い出せずにいました。そんなセーターを持っていたかしらと思うくらいでした。でも、もしかしたら、写真が残ってるかもしれないとアルバムをめくっていて驚きました。
 まだ大ちゃんと会ったばかりのころ、大ちゃんと、目すらあわすことのなかったころ、大ちゃんや他のみんなと仲良くなりたくて、お散歩に出たときの写真の中に確かにピンクのセーターを着た私がいたのです。そしてそのセーターはそのあとすぐにクリーニングに出して、なぜだかちちんでしまったからと、二度と着ることのなかったセーターなのでした。私がこんなに驚いたのには理由がありました。
 会ったばかりのあのとき、大ちゃんは私がそばにいることがとても迷惑なようでした。並んで歩こうとしてもそばによると、すっと前に行ってしまったり、遅く歩いたりして大ちゃんは私の姿すら見ないようにしているようでした。桜の花びらがちらちら散る中をあたたかい日差しを感じながら歩くのって大好きです。いつもだったらうきうきしてスキップだってしたいくらいのはずなのに、心を閉ざして見える大ちゃんと歩きながら、私の気持ちはとても沈んでいました。
 大ちゃんは私のことが嫌いなのだろうか、ずっとこのまま分かり合える日はこないのかしらとうつむきながら考えていたのです。そばに行っても行っても離れていってしまう大ちゃんに、そのうち(もう大ちゃんったら)「知らない」と少しなげやりな言ってしまったのでした。途中で買ったげんば堂のおいしい桜餅を食べるときさえ、にっこり笑えずにいたように思います。
 大ちゃんはずっと見つめていた私の視線をさけるようにしていたのに、でもあの時も私のことをしっかりと見ていてくれたんだと6年もたった今になってやっと気がつきました。白と間違えるくらいのあわいピンク色のセーターを、ああ、桜の花びらと同じ色だと大ちゃんは見ていてくれたのです。そして6年もの長い間、しっかりと心のタンスにしまっていてくれたのです。あのとき「もう知らない」なんて言われて、大ちゃんは悲しかっただろうなとすごく悔やまれました。
子供たちが心を閉ざしているように見えたとしても、それはたいていの場合自分の心が映っているだけなのかもしれません。誰かとの関わりの仲で、もしかしたら相手の心は自分の心の鏡なのかもしれません。私がこんなに仲良くしたがってるのに大ちゃんはいつも逃げてばかりと大ちゃんのことを責めていたのかもしれません。だからなお大ちゃんは私から逃げていってしまっていたのです。けれどきっと大ちゃんは本当は私と仲良くしたいなと思っていてくれていたんだなと、しみじみとうれしく涙が出そうです。
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