あなたも人に感動を与える事が出来る!

 よくある質問の中で、「どのようにパソコンのキーを叩いているのですか?」というものがあります。僕は四肢麻痺(全身麻痺)で、手の指を動かす事が出来ませんので、パソコンを操作する事が難しいと思われているようです。しかし、メールをいただいてすぐに長い文面で返事を書くものですから、皆さんは驚かれます。また、すぐに返事を書かなかったとしても、その文面の長さに、きっと数時間も掛けて書いたのだろうと申し訳なく思われてしまう事もあります。
 僕の指は動きませんから、確かに苦労があります。打ち間違えも多いですし、キーボードを見ずに入力するブラインドタッチも出来ません。しかし、それでも今では入力するスピードが速くなりました。障害があるという事で、そのスピードには限界はありますが、一般の方よりは速いのではないかと思っています。何と言いましても、朝起きてから夜寝るまで、1日中原稿を書いたり、いただいたメールやお手紙の返事を書いたりしていますので、速くなるのも当然だと思います。
 動かない手の指でどのようにキーを叩くかと言いますと、手に自助具と呼ばれる装具を着け、そこに棒を挿します。僕はその棒の代わりに削っていない鉛筆を利用しています。形としては鉛筆を握るような感じです。手の指は動きませんが、肩と腕は動かす事が出来ますので、その棒の先で一個一個キーを叩くのです。つまり両手とも1本の指でキーを叩いているようなものです。
 この説明で理解して頂けたかどうか不安ですが、キーを叩く姿を想像して頂きますと、やはり入力する速度は遅いと思われる事でしょう。しかし、実際の入力はとても速いので、御覧になったらきっと驚かれると思います。
 このように障害がありながら、皆さんの想像以上の事をする事で、皆さんは驚かれたり、時には感動されたりするようです。しかし、当の本人である僕自身は、これが当たり前であり、何故驚かれたり、感動されたりするのか不思議に思う事があります。
 以前にテレビで何度か耳にし、それは正しくないと思った言葉があります。それは、「障害者は周りの人に感動を与える」という言葉です。この原稿を読んで下さっている皆さんも、このようなニュアンスの言葉を聞いた事があったり、また、思ったりしているのではないでしょうか。それは間違っていないかもしれませんが、正しいとも思いません。
 障害者は健常者が簡単に出来る事が出来なかったり、また、出来たとしても時間が掛かってしまったりします。それでも自分なりに試行錯誤して障害を克服しようとしているのですが、きっとその姿が健常者の皆さんにはけな気に映り、感動を覚えるのではないかと思います。つまり一所懸命な姿に感動を覚えるのです。それならば感動を与えるのは障害者に限った事ではなく、健常者だって感動を与える事が出来るはずです。
 オリンピックを見ていて感動するのは何故でしょうか? そこにそのスポーツを極めた人達の華麗な技があり、それを見て感動するという事もありますが、それ以前に選手全員が一所懸命にプレーしているという事があります。華麗な技よりも一所懸命な姿が感動を与えるという事は、高校野球とプロ野球を比較してみれば分かります。
 高校野球には負けた選手の悔し涙があります。それではプロ野球選手も悔し涙を流せば感動を与える事が出来るでしょうか? いいえ、決してそうではありません。プロ野球選手が一所懸命ではないと断言する事は出来ませんが、例えば内野ゴロを打った選手を見ていますと、アウトになると分かった瞬間からスピードを緩めて1塁へ向かいます。そこで一所懸命に走ると格好が悪いという雰囲気が、どうやら選手感にあるようです。そのような選手がいくら涙を流しても、華麗な技を見せても感動を与える事が出来るわけがありません。しかし、高校野球は違います。バッターボックスへ入る時からシャキっとした態度で、例えボテボテの内野ゴロを打ったとしても、最後まで諦めず、全速力で1塁ベースへヘッドスライディングします。このように一所懸命にプレーする選手の姿があるからこそ感動があり、涙も光るのです。
 障害者は障害を克服しようと一所懸命です。その姿は周りの人を感動させる事が出来るかもしれません。また、テレビなどのメディアで視聴者を感動させようと障害者の障害の重さを強調し、一所懸命な姿を見せる機会が多く、「障害者は周りの人に感動を与える」と印象付けているのかもしれません。しかし、障害がない健常者の皆さんも一所懸命に頑張る事で、周りの人を感動させる事が出来るという事を忘れないで欲しいのです。
 「障害者は周りの人に感動を与える」ではなく、障害の有無に関わらず、「一所懸命な姿は周りの人に感動を与える」なのです。

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