言葉が出てこない

 平成14年5月に「やさしい風になれたら」(樹心社)を出版すると、講演の依頼が入るようになりました。約1年半の間に14回行ってきまして、少しずつ人前で話す事にも慣れてきましたが、1つだけ困っている事があります。それは頭の中で思っている事をスムーズに言葉にして発する事が出来ないという事です。その為、講演会の前には何度も何度も練習をしなければなりません。
 緊張から言葉が出なくなる人もいますが、僕の場合は違います。確かに緊張をしますと頭の中が真っ白になり、言葉が出にくくなる事もありますが、僕には思い当たる事があるのです。それは僕の生活にあります。
 現在の僕の生活はほとんど家の中で過ごしています。外出をする事が好きな僕はボランティアさんを見付けては外出するようにしていますが、それでも平均しますと週に一度あるかないかです。家にいる時は原稿を書いたり、雑用をしたり、また、のんびりとテレビを見て過ごしたりしていますが、この動作の中で言葉を発する事がほとんどありません。時々、友達と電話で話したりもしますが、平日は皆さん仕事をしていますし、電話ではなくメールでの会話が多いので、話す機会が本当に少なくなっています。母と2人暮らしですので、母とは会話をしますが、母としか会話をしなかったという日が少なくありません。また、日中は僕が原稿を書いている事が多い為、母は僕の部屋へ来る事が少なく、会話をするのは朝晩の限られた時間しかないのです。
 原稿を書いていても、テレビを見ていても、常にいろいろな事を感じ、そして考えています。ましてや原稿を書いたり、毎日全国の方から届くメールに返事を書いたりしていますので、頭で思っている事を言葉として表現しているのですが、文章と話し言葉は違うのです。
 僕は障害者になってからというもの、車椅子姿を人に見られる事が嫌で、長年家の中に閉じこもりました。最近では人の目が気にならなくなり、出来る限り外出をするようにしていますが、それでもまだ人とのふれあいが少ないと思います。きっとこのような事が災いし、言葉をスムーズに発する事が出来なくなったのだと思います。
 これは僕がアメリカにいた時の話です。入院をしていた病院で看護婦をしている日本人の女性と知り合いました。その方はアメリカ人の男性のところへ嫁ぎ、長年英語ばかりを話し、日本語を話す機会がなかった為、母国語である日本語を忘れ掛けていました。その方は僕と知り合った事で少しずつ日本語を思い出していきましたが、この事で言葉は使わないと忘れるものだと教えてもらったような気がします。このような事を思い出し、改めて言葉は使わないといけないなと思いました。
 これからも依頼がある限り、講演を続けていきたいと思いますので、もっともっと人とふれあう時間を多くし、昔のようにスムーズに言葉を発する事が出来るようにしていきたいと思います。

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